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11.二人の夜

玄関に上がると、すぐにまたドアがあり、そこを開けると二間続きの部屋になっていた。

手前が居間、奥が寝室として使われているようだ。

真ん中からアコーディオンカーテンで仕切れるようになっている。


「あんまりじろじろ見ないでよね」

優月はそう言いながら、奥の部屋に入ってアコーディオンカーテンを閉めた。


じろじろ見ないでよね…って、そりゃ無理な話しでしょう。

初めて入った優月の部屋に興味をそそられないはずがないんだから。

それにしても…と、俺は思う。

想像していた部屋とは、随分と印象が違っていた。

必要なものしか置いていない、何だか味気ない部屋を想像していたけれど、実際の優月の部屋は、薄いピンク色とクリーム色で統一されていて、絶対無いと思い込んでいたぬいぐるみなんかが、何個も飾られていた。

それどころか、寝室のベットの上に、大きな熊のぬいぐるみがあったのを、俺は見逃さなかった。

でも、当然あると思っていた写真類が、優月の部屋にはひとつも飾られていなかった。

確かに、この部屋に兄貴と優月が仲良く写っている写真が飾られていたら、かなりへこむだろうけど、なきゃ無いで、それはそれで変な感じがした。


「じろじろ見るなって言ったでしょ」

手は出していないものの、完全に好奇心丸出しの俺に、着替えを済ませた優月がふくれながら声をかけた。

「圭ちゃんも一本くらい付き合うよね」

優月がそう言いながら冷蔵庫を開ける。

さっきまでのOL風の格好と違って、白いTシャツにジーンズといった、ラフな格好をしている。

何だか急に年の差も、何もかも近付いたような気がして、ほっとした気分になった。


「はい、圭ちゃんの分。乾杯しよ」

優月が俺の前に缶ビールを差し出した。

「え?俺、麦茶で…」

「いいから、一缶くらい付き合いなさいよ!! ほらほら、かんぱ〜い」

優月は勝手に俺の分の缶ビールまで開け、その缶を無理やり握らせると、半ば強引に乾杯をした。

そして一気にビールをあおる。

「は〜、美味しい。ほらほら、圭ちゃんも飲みなさいよ」

「…はい」

優月はまだ完全に酔いが醒めていたわけではないようだった。

目なんか、完全にすわってしまっている。

あっという間に一缶飲み終えると、また冷蔵庫から新たなビールを取り出した。

「優月…まだ飲む気なの?」

ぷしゅ、っと気持ちのいい音を立てて、缶ビールを開けるとまた一口流し込む。

「飲むよ。今日は飲みたい気分なの。それにここは私のうちなんだから、誰にも迷惑かけないでしょ?」

「…あの、俺は?」

「圭ちゃんは別。それとも迷惑?」

「…いや」

「でしょ?そう言ってくれると思ってた」

にこりと笑う優月。

何だか弱みにつけこまれた気がする。

いや、優月は俺の気持ちなんて知らないんだから、それは違うのか。

でも、そんな風に俺の前で酔いつぶれたら、俺だって何するか本当に分からないからな。

やけくそにも似た気持ちで、俺もぐっとビールをあおった。


「圭ちゃん、今日はごめんね」


ビールの缶を5缶ほど空け、更に新しいビールに口をつけた優月がぽつりと言った。

「何が?」

一方の俺はまだ二缶目の半分も飲んでいない。

「うん。ここまで送ってくれて」

「そんなの別にいいよ。それに、連れの人困ってたみたいだから、どっちかって言うと、連れの人を助けただけだから」

「そっか」

嘘だよ。

連れの奴らがどれだけ困ってたって構わなかった。

俺はただ、あそこから、俺の知らない世界から優月を連れ出したかったんだ。

「それに、おぶってもらって」

「うん、重かったけどね」

「またあ」

さっきは怒ったくせに、今度はケタケタと笑っている。

完全に酔いが回ってるみたいだ。

「あったかかったよ、圭ちゃんの背中。だからね、起きてたのに、ずっとおぶってもらってたの」

「いいよ、別に」

「良くなんかないよ」

今度は怒ってるし…。

更にビールをあおる優月の手を、一旦止める。

「優月、もういい加減にしろって。だいぶん酔ってるだろ。麦茶かなんか飲んどいたほうがいいって」

そんな俺の手を振り払うようにして、優月はビールを一気飲みする。

「いいの!!飲みたいんだから。好きにさせてよ…」

だんだんと声が小さくなって、最後の方は消えそうな涙声に変わる。

膝に顔をうずめて、小さく震える優月。

「優月?」

肩に触れようとした途端に、優月は顔を上げ、真っ直ぐに俺を見た。

「ごめんね、圭ちゃん。ごめんね」

涙がぼろぼろ優月の顔を濡らす。

「甘えてごめんね。でも、私、寄りかかりたくなって、誰かに支えられたくなって。それで…。私、圭ちゃんに甘えちゃって、年上のくせに。ダメなのに、こんなんじゃダメなのに」

正直、優月が何をいいたいのか俺には分からなかった。

でも、俺に一瞬でも甘えたいと思ってくれたのなら、俺はかえってそのことが嬉しい。

「ごめんね」

さっき優月に触れかかったまま中途半端になってしまった手を、再び優月に伸ばし、今度こそその肩に触れる。

「別にいいよ。俺でよかったら甘えたっていいんだから」

「それじゃ、ダメなの…」

優月は両手で顔を覆った。

「ずっと、ずっと私頼ってばっかりだったの。一人じゃダメで、寄りかかってきたの。一人じゃ何にもできない。このままじゃダメなのに。一人でも立てなきゃダメなのに」

頼ってばっかり?寄りかかっていた?

兄貴との事を言ってるんだろうか。

優月は何だかとても追い詰められているように見えた。

何が優月を追い詰めているのか、どんな気持ちでこんなことを俺に言っているのか、優月の気持ちは全然分からない。

でも…。

「優月、でも俺は、優月は優月のままでいいと思うけどな」

俺の言葉に、優月は大きくかぶりを振る。

顔を覆っていた両手を外したその顔は、その目は、何処か遠くを見つめていた。

「それじゃダメなんだよ。いつまでもこのままでなんかいられないよ。私がそれじゃダメになっちゃうから…」

そしてそのまま…倒れこむようにして、その場に横たわってしまった。

「優月!?」


寝息…。

寝てる。

完全に眠っている。

俺は大きくため息をついた。

さっきまでの涙もそのままに眠る優月の顔を見つめる。

何を考えているんだろう。

さっき、優月が何処かに行ってしまいそうな気がしてすごく怖かった。

でも、今俺のそばで寝息を立てる優月はさっきまでと違って、安らかな顔をしている。


俺は飲みかけのビールを一気に流し込んだ。

炭酸も抜けてしまっていて、その味にちょっとむせこみながら立ち上がる。

隣の部屋から、布団を持ってきて優月の上にそっとかけた。

本当はベットまで運ぼうかと思ったんだけど、そうすると本当に襲ってしまいそうな気がした。

こんなに酔っ払って、眠り込んでしまっている優月を襲うなんてフェアじゃない。

そう思っても、ベットまで運ぶようなことをしたら、その理性がどこまで持つか自信がなかった。

さっき優月がテーブルの端っこに置いた鍵を持ち、適当な紙を見つけて走り書きする。


『鍵はかけて郵便受けの中に落としておくから』


電気はつけたまま優月の部屋を後にする。

ドアを閉める前に振り返ると、さっき俺が開けたアコーディオンカーテンの隙間から、大きなクマのぬいぐるみと目が合った。

「優月を頼むな」

独り言のように呟いて、玄関を出た。

鍵をかけて、それを郵便受けにかちゃり、と落とす。


風がさっきよりも冷たい。

俺は小さなくしゃみをひとつした。




確実に何かが変わった夜だった。




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