1.プロローグ
彼女に初めて会ったのは、俺がまだ小学6年生の頃だった。
高校1年生になった兄貴が、初めて家に連れてきた彼女。それが吉川優月だ。
初めて優月と話したことは何だったかな。
多分、
「初めまして、よろしくね」
とか、
「あんまり拓ちゃんと似てないね」
とかそんなことだったと思う。
要するに、どうでもいいようなこと。
優月にとって俺は彼氏、藤本拓斗の弟、小学生の圭太君でしかなかったんだから。
でも俺自身、そんなことはどうだって良かったんだ。
優月は兄貴の彼女で、小学生の俺よりも4つも年上の高校生で、接点なんて兄貴以外ないんだし。
でもそれがいつの頃からだろう。
優月を意識しだしたのは。
最初のうち俺は優月を「ゆう姉」なんて呼んでいた。
一人っ子だという優月も、俺のことを「本当に弟ができたみたいで嬉しいよ」なんて言いながらよくからかったりしていた。
だけど、そう、中学3年生になった頃から、俺はだんだんと優月と話をしなくなっていった。
優月も兄貴も大学生になり、一人暮らしをするようになった優月の部屋に兄貴が行くことが多くなって、顔を合わせることもなくなっていったんだ。
たまにうちに来ることがあっても、どうしてだか俺は優月を避けるようにしていた。
俺にも彼女だっていた。
だけどいつも優月と比べてしまって、俺は苛つくだけだった。
だから、ひどい別れ方も何度もした。
ひっぱたかれたことだってある。
自業自得だけど。
そしてついに兄貴が、優月の誕生日の日に朝帰りした。
律儀な兄貴は、今まで一度も朝帰りなんてしたことなかったのに。
その事実は、考えていた以上に俺を打ちのめした。
勿論、優月と兄貴が付き合ってもう4年も経っている。
二人の間に何もないと考えるほど、俺だってバカじゃない。
それでも、今まで俺はそのことを考えまいとしてきた。
それが現実を目の前に突きつけられたとき、どうしようもない苛立ちと悔しさに打ちのめされて、それで俺はやっと自分の思いを受け入れたんだと思う。
でもだからって、何かが変わるわけじゃない。
俺は相変わらず『拓ちゃんの弟、圭ちゃん』だし、優月も『兄貴の彼女』なわけだし。
どうしようもない事だって分かっていた。
この手はきっと届かない。
そう思っていた。
兄貴がこんなことになった今でも。
いや、兄貴がこんなことになってしまったから余計に?
いつの日か、優月に俺の手が届くことなんてあるんだろうか。