第1話 神様がうるさい朝
朝の鐘が鳴るよりも早く、リリンは目を覚ました。
というより、起こされた。
『リリン。起きなさい』
「……はいはい、起きますよぉ」
眠たい目をこすりながら、リリンは小さく文句を言う。
「神様、朝から元気すぎません?」
返事はない。
けれど声は続く。
『祈りなさい』
「今からやりますって」
ベッドから降りて、窓を開ける。
朝の光が小さな部屋に流れ込んだ。
教会の庭はまだ静かで、鳥の声だけが聞こえる。
平和な朝だ。
……ただ一つを除けば。
『リリン。南の通りへ行きなさい』
「はい?」
祈りの途中で、リリンは首をかしげた。
「今ですか?」
『南の通りへ行きなさい』
「祈りは?」
『あとで構いません』
リリンは少し考えた。
神様の声は、いつもこうだ。
優しいのに、妙に急かす。
「……分かりましたよ」
祈りを途中で切り上げると、聖女見習いの白い服を羽織り、外へ出た。
⸻
朝の町はゆっくり目を覚ましていた。
パン屋からはいい匂い。
市場では店を広げる準備。
リリンは軽く手を振る。
「おはようございます!」
「ああ、リリンちゃん。今日も神様とおしゃべりかい?」
パン屋のおばさんが笑う。
「うーん、今日はちょっとお告げ多めです」
「ははは」
軽い笑い声。
この町では、神様の声が聞こえることは珍しくない。
少なくとも、そう言う人は何人かいる。
だからリリンも特別ではない。
……ただ、少しだけよく当たる。
リリンは南の通りへ向かった。
朝の光が石畳を照らしている。
その時。
小さな泣き声が聞こえた。
「……え?」
角を曲がると、小さな男の子が座り込んでいた。
「う、うぇ……」
迷子だ。
リリンはしゃがみ込む。
「どうしたの?」
男の子は涙を拭きながら言った。
「……お母さん、いない」
「あー、迷子かぁ」
リリンは困った顔で空を見る。
「神様、これですか?」
『そう』
「やっぱりですか」
男の子の頭を撫でる。
「大丈夫。すぐ見つかるよ」
ちょうどその時。
「ルーク!」
遠くから声がした。
振り向くと、慌てた様子の女性が走ってくる。
「お母さん!」
男の子は飛びついた。
女性は何度も頭を下げる。
「ありがとうございます……!この子、気づいたらいなくなっていて……」
「いえいえ」
リリンは笑った。
「神様のお告げですから!」
女性は驚いた顔をする。
「やっぱり……神託なんですね」
周りの人も集まり始めていた。
「すごいなぁ」
「神様のお告げだ」
「本物の聖女になるかもな」
そんな声が聞こえる。
リリンは照れくさそうに頭をかいた。
「そんな大げさじゃないですよ」
ただ。
神様が言ったから。
それだけだ。
リリンは空を見上げる。
「ね、神様」
『リリン』
「はい?」
『祈りなさい』
「あ、そうでした」
リリンはくすっと笑った。
「神様は本当にうるさいですね」
その言葉は、町の人たちをまた笑わせた。
朝の光の中で、リリンは手を合わせる。
そして、いつものように思う。
神様は、今日も元気だなぁ、と。




