講話
講話の依頼は、思ったよりあっさり来た。
朝のホームルーム。
担任がプリントを配りながら言う。
「来週、動物自立支援センターから講師を招きます」
教室がざわつく。
「犬らしい」
誰かが言う。
笑いが起きる。
先生は続ける。
「共生について考える機会にしたい」
黒板に書かれる。
【特別講話:声を持ったその後】
僕の喉が乾く。
ポケットの中のスマホが震えた。
母からだ。
【こたちゃん、学校から連絡あったって】
指先が冷える。
放課後、急いで帰る。
リビングでコタロウが待っていた。
「来たね」
「うん」
少しだけ誇らしそうな顔。
「やるの?」
「やる」
即答だった。
「嫌じゃないの?」
「怖いよ」
正直だ。
「でも、君の教室なんでしょ」
心臓が変な音を立てる。
「別に、俺のじゃない」
「君の世界でしょ」
そう言われると、否定できない。
僕の席。
僕の友達。
僕の居場所。
そこにコタロウが立つ。
それは、
家族を見られることでもある。
「変なこと言うなよ」
思わず言ってしまう。
コタロウは少し首を傾げる。
「変なこと?」
「なんか……」
言葉が続かない。
“恥ずかしい”とは言えない。
“怖い”とも言えない。
コタロウは静かに言う。
「本当のことしか言わないよ」
それが一番困る。
講話当日。
体育館は思ったより人が多い。
一年も二年もいる。
ざわざわとした空気。
壇上に机とマイク。
そして、
小さな台がひとつ。
「緊張する?」
小さく聞くと、
「うん」
と笑う。
呼ばれる。
「本日の講師、コタロウさんです」
拍手が起きる。
その音が妙に遠い。
コタロウはゆっくり台に上がる。
マイクの高さを先生が調整する。
体育館が静まる。
コタロウは、教室を見る。
僕の席のほうを一瞬だけ見た。
それから前を向く。
「こんにちは」
ざわめきが走る。
でもすぐに止む。
「僕は十四歳です」
間。
「急に喋れるようになりました」
小さな笑い。
「正直、びっくりしています」
また少し笑い。
空気がやわらぐ。
「でもね」
声が少し低くなる。
「僕は昨日まで、喋れなかっただけで、何もなかったわけじゃない」
静まり返る。
「散歩が楽しかった日もあるし、寂しかった日もある」
僕の指先が震える。
「スマホを見ている横顔を、ずっと見ていた」
視線が、刺さる。
誰も僕を見ていないのに、
全部見られている気がする。
「でも」
コタロウは続ける。
「それでも、好きだったよ」
体育館の空気が変わる。
「言えなかったけど」
沈黙。
「だから今、言えてよかった」
その声は、強くない。
でも、揺れない。
「働きたいと思ったのは、自立したいからじゃない」
少し息を吸う。
「ちゃんと、一緒にいたいから」
胸が詰まる。
意味がすぐには分からない。
「選べる立場になって、
それでも隣にいるって言えたら、
それは本当の家族だと思う」
静かだ。
誰も動かない。
先生も、友達も、
みんな聞いている。
「みんなも、きっと急に責められてる気がすると思う」
教室での僕の言葉が蘇る。
「でも、責めたいわけじゃない」
少しだけ笑う。
「一緒に考えてほしいだけ」
拍手は、すぐには起きなかった。
数秒の沈黙のあと、
ぽつぽつと音が広がる。
やがて大きくなる。
僕は立てなかった。
拍手もできなかった。
ただ、
涙が出そうになるのをこらえる。
壇上のコタロウは、
少しだけ息が荒い。
ほんの一瞬。
でも僕には分かる。
それでも、最後に言った。
「ありがとうございました」
深く頭を下げる。
体育館に響く拍手。
その音の中で、
僕は初めて思った。
コタロウは、
僕よりずっと大人だ。
そして、
時間は、
思っているより少ないのかもしれない。




