支援センター
動物自立支援センターは、元市民会館だった。
入り口の看板だけが急ごしらえで、
白い布に黒い文字が滲んでいる。
【人と動物の共生相談窓口】
その下に、小さく。
【就労支援・法的相談】
「緊張する?」
隣でコタロウが言う。
「別に」
と答えたけれど、手のひらは汗ばんでいた。
父は仕事で来られなかった。
母は「様子だけ見てくるのよ」と何度も言った。
自動ドアが開く。
中は思ったより静かだった。
騒ぎや混乱はない。
長机が並び、番号札が配られている。
椅子に座っているのは、
犬、猫、インコ、
それからその“家族”。
不思議な光景なのに、
誰も写真を撮っていない。
みんな、少しだけ真剣だった。
「次の方」
呼ばれる。
受付の女性は人間だ。
だが隣には、スーツを着た柴犬が座っている。
名札には【相談員】と書いてある。
コタロウの足が止まる。
「同業者?」
小さく呟く。
僕は笑いそうになりながらも、
胸の奥がざわつく。
席に着く。
「今日はどういったご相談でしょう」
柴犬の相談員が言う。
声は落ち着いている。
プロの声だった。
コタロウが少し姿勢を正す。
「働きたいです」
迷いのない言い方。
相談員は頷く。
「理由を教えてください」
理由。
家では聞けなかった言葉。
コタロウは考える。
「……自分で選びたいから」
短い。
でも十分だった。
「現在のご家庭との関係は?」
僕が答える。
「家族です」
言い切ると、少しだけ誇らしい。
相談員はメモを取る。
「年齢は?」
「十四歳」
空気がほんの少し変わる。
相談員の目が柔らかくなる。
「体調に問題は?」
「ないです」
即答。
僕は横顔を見る。
本当に?
朝、少し息が荒かった気がした。
でも言わない。
言えない。
「選択肢としては、地域案内ボランティア、
高齢者施設での対話補助、
それから——」
相談員が続ける。
「若い世代への“共生講話”があります」
「講話?」
僕が聞き返す。
「学校などで、自分の経験を話してもらう」
コタロウは目を瞬かせる。
「話すの?」
「ええ。今しかできない仕事です」
“今しかできない”
その言葉が、妙に響く。
コタロウは少し考える。
「僕、うまく話せるかな」
「完璧でなくていいんです」
相談員は言う。
「本音であれば」
本音。
僕は教室での自分を思い出す。
言い切れなかった言葉。
コタロウは、言える。
それが少し、羨ましい。
「やってみたいです」
静かに言う。
その声に迷いはない。
僕のほうが、息が詰まる。
相談は三十分で終わった。
仮登録の書類を受け取る。
外に出ると、夕方の光がまぶしい。
「どうだった?」
僕が聞く。
コタロウは歩きながら答える。
「ちゃんとしてた」
「何が」
「世界」
少し笑う。
「思ったより、ちゃんとしてる」
その横顔は、
どこか遠くを見ている。
「講話、ほんとにやるの?」
「うん」
「うちの学校とか?」
「呼ばれたらね」
冗談みたいに言う。
でも現実だ。
もし教室にコタロウが立ったら。
僕はどんな顔をするだろう。
交差点で信号を待つ。
コタロウの呼吸が、少し荒い。
ほんの一瞬。
すぐに整う。
「大丈夫?」
「うん」
短い返事。
その“うん”が、
朝より少しだけ弱い気がした。
でも僕は追及しない。
代わりに言う。
「履歴書、ちゃんと清書しよう」
コタロウは笑う。
「写真もいる?」
「いるだろ」
「イケメンに撮って」
くだらない会話。
なのに、
胸が痛い。
信号が青になる。
歩き出す。
隣にいる。
ちゃんといる。
でもなぜか、
時間が少しだけ、早く進んでいる気がした。
支援センターの白い布が、
風に揺れている。
世界は前に進んでいる。
僕はその横で、
まだ追いつけずにいる。




