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早い春の犬  作者: 臥亜


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2/10

教室

犬が喋った日の午後、

学校はいつもより静かだった。

騒いでいるはずなのに、静かだった。

みんなスマホを見ているからだ。

ホームルーム前の教室。

机に突っ伏すやつ、動画を流すやつ、泣いている女子もいる。

「お前んち、ペットいる?」

前の席の坂本が振り返る。

「犬」

「喋った?」

少し迷ってから、頷く。

「……喋った」

坂本は目を見開く。

「マジかよ。うちのハムスターもだって。さっき妹から電話きた。“回し車きつい”って」

笑うやつがいる。

でもその笑いは長く続かない。

教室の後ろで誰かが言う。

「じゃあさ、今まで飼ってたって、拉致じゃね?」

空気が止まる。

「いや、でも昨日までは喋らなかったし」

「でも今は喋るだろ」

「食肉どうすんだよ」

話題が一気に広がる。

先生が入ってくる。

「……静かに」

いつもより疲れた声だった。

黒板に書く。

【命・権利・共生】

予定していた英語の小テストは中止らしい。

「今日の出来事について、意見を聞きたい」

先生は言う。

「これは“事件”なのか、“進化”なのか」

教室がざわつく。

誰かが手を挙げる。

「進化じゃないですか?だって人間と同じになったんでしょ」

「同じなの?」

別の声。

「人間と同じなら、食べられないよな」

僕は机の上の手を見つめる。

朝のコタロウの声が、まだ耳に残っている。

義務?

暇つぶし?

あれは“人間と同じ”声だった。

でも——

「違うと思う」

気づいたら、声が出ていた。

自分で少し驚く。

教室が静まる。

「同じになったんじゃなくて、前からあったのが、聞こえるようになっただけだと思う」

言いながら、胸がざわつく。

うまく言えている自信はない。

「だから急に平等とか言われても……なんか、ずるい」

「ずるい?」

先生が聞き返す。

「俺たち、昨日まで普通に生きてたのに。急に“加害者”みたいになるの、なんか……」

言葉が途切れる。

後ろの席の女子が小さく言う。

「でも、苦しかったなら、知らなかったで済ませていいの?」

その問いは、教室じゃなくて、

僕の胸に刺さる。

散歩中、スマホを見ていたこと。

忙しいからと短く済ませたこと。

知らなかった?

本当に?

先生がチョークを置く。

「正解はありません。ただ——」

少し間を置く。

「考え続けるしかない」

チャイムが鳴る。

みんな一斉にスマホを開く。

ニュース速報。

【動物市民権法、緊急審議へ】

坂本が言う。

「なあ、犬って働けんのかな」

「さあ」

答えながら、朝のコタロウを思い出す。

やっと言える。

あの声。

もし働きたいと言ったら。

もし、家を出たいと言ったら。

放課後、校門前でデモをしている人たちがいた。

「動物に自由を!」

「人間中心主義をやめろ!」

その横で、コンビニから出てきたサラリーマンが呟く。

「じゃあ何食えばいいんだよ」

世界はもう、元に戻らない。

でも僕はまだ、

自分の言葉さえ持てていない。

ポケットの中でスマホが震える。

母からのメッセージ。

【こたちゃん、今日はあまり食べない】

胸がざわつく。

朝は普通だった。

いや、普通じゃなかった。

でも、歩けていた。

急いで返信する。

【あとで散歩いく】

既読がつく。

空を見上げる。

雲は、昨日と同じ形をしている。

なのに、世界だけが違う。

僕は初めて思う。

もしコタロウが、

自分の人生を選べるなら。

その中に、

僕はいるんだろうか。

教室で言った言葉が、遅れて重くなる。

“前からあったのが、聞こえるようになっただけ”

じゃあ——

聞こえてしまった僕は、

どうする?

チャイムの余韻が、まだ耳に残っていた。

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