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人類に見捨てられた地上で、俺と機械の少女だけが空を見る  作者: RIU


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第6章 :『スイートルームの亡霊たち、あるいは蜜月の始まり』

目覚めは、ひどい頭痛と土埃の味と共にやってきた。


「……ッ、ぐ……」


 体を起こそうとして、脇腹に走った激痛に呻く。あばらが一本か二本、イッているかもしれない。  視界がぼやける。防護マスクのひび割れたバイザー越しに見えるのは、見慣れた灰色の空と、錆びついた鉄骨の山だ。


「マスター! 意識レベル回復を確認。動かないでください」


 すぐそばから、焦燥に満ちた声がした。  アイリスだ。  彼女は俺の顔を覗き込み、バイタルチェックを行っている。その美しいゴシックドレスはあちこちが破れ、白い肌(装甲)には泥と焦げ跡がこびりついていた。


「無事か、アイリス……」 「私の機体損傷率は軽微です。ですが、貴方は……着地の衝撃で肋骨骨折および全身打撲。全治三週間です」


 彼女の声が震えている。  ダクトからの落下時、彼女はスラスターを全開にし、さらに自分の体をクッションにして俺を抱きかかえたのだ。彼女がいなければ、俺は今頃ミンチになっていただろう。


「生きてるだけで丸儲けだ。……ここは何処だ?」 「GPSはオフラインですが、地形データと照合しました。旧『新宿』エリアです」


 かつての副都心。今は巨大な墓標の森だ。  俺は痛む体を無理やり起こし、周囲を見渡した。  野宿は危険だ。『天使』は夜行性の個体も多い。雨風を凌げて、かつ防衛しやすい場所が必要だ。


 俺の視線が、一つだけ高くそびえる建物に止まった。  『インペリアル・タワーホテル』。  ガラスの大半は割れているが、躯体はしっかりしている。あそこなら、高所を取れるし、入り口を封鎖すれば要塞になる。


「アイリス、あそこへ行くぞ。……スイートルームにチェックインだ」 「了解。肩を貸します」


 ***


 ホテルまでの道のりは、ちょっとした掃除クリーニングの時間だった。  徘徊していた下級の『天使』たちを、アイリスは持ち出したばかりのチェーンソー剣で文字通り「排除」していった。  重厚なモーター音と共に刃が回転し、敵をバターのように両断する様は、頼もしいを通り越して芸術的ですらあった。


 35階、最上階ロイヤル・スイート。  重い扉をこじ開けると、そこにはカビと埃にまみれてはいるが、かつての栄華を残した広大な空間が広がっていた。  天蓋付きのベッド。破れた高級ソファ。そして、壁一面の窓からは、滅びた東京のパノラマが一望できる。


「セキュリティー確保。敵性反応なし。……ここを仮設拠点ホームとします」


 アイリスが剣を置き、大きく息を吐いた(排熱動作だ)。  俺はソファに倒れ込む。スプリングが軋む音が、妙に心地よかった。


「ふう……。まさか、アガルタのエリート様でも泊まれないような場所に住むことになるとはな」 「皮肉な結果です。ですが、環境パラメーターは悪くありません」


 アイリスは部屋の隅にあったリネン類(奇跡的に真空パックされていたもの)を漁り、手際よく寝床を整え始めた。  そして、救急キットを持って俺のそばに膝をつく。


「服を脱いでください、マスター。治療を開始します」 「自分でやるよ。お前も整備が必要だろ」 「拒否します。貴方の右腕は動きが鈍い。それに……」


 彼女は俺のシャツのボタンを外しながら、俯いた。


「貴方を傷つけたのは、私の出力計算が甘かったせいです。……責任を取らせてください」


 リンクを通じて、彼女の「罪悪感」と、それを上回る「愛着」が流れ込んでくる。  もう、軍の冷徹な兵器ではない。ただの一人の少女がそこにいた。  俺は抵抗を諦め、身を任せることにした。


 冷たい消毒液の感触と、それを拭う彼女の指先の温かさ(排熱による微熱)。  包帯を巻くために彼女が体を密着させるたび、甘いオイルの香りが鼻をくすぐる。  窓の外では、鉛色の雨が降り続いていた。  だが、この部屋の中だけは、世界から切り離されたように静かで、穏やかだった。


「……ねえ、クロト」


 処置を終えたアイリスが、俺の胸に頭を預けたまま、ポツリと言った。  「指揮官」でも「マスター」でもない呼び方。


「私たちは、これからどうなるのでしょうか」 「さあな。世界中が敵だ。明日の飯も分からない」


 俺は彼女の銀色の髪を、そっと撫でた。  サラリとした人工毛髪の感触。


「だが、空は見えた」


 俺は窓の外を指差した。  分厚い雲の切れ間から、ほんの僅かだが、夕焼けの赤ではない、薄暗い青色が覗いていた。


「俺とお前がいれば、なんとかなるさ。……そうだろう、相棒?」 「……肯定します。貴方がいる限り、私の機能は停止しません」


 アイリスは目を閉じ、安堵したように俺の体温を感じている。  アガルタの管理された寝室よりも、この廃墟のソファの方が、ずっと暖かかった。


 ***


 翌朝。  香ばしい匂いで目が覚めた。


 目を開けると、そこには信じられない光景があった。  ホテルのカーテンを引きちぎって腰に巻き、エプロン代わりにしたアイリスが、携帯コンロの前でフライパンを振っていたのだ。


「おはようございます、クロト。朝食の準備ができています」


 彼女はお玉(代わりの工具)を持ち上げ、少し誇らしげに言った。


「備蓄されていた缶詰と乾燥卵で、スクランブルエッグを再現しました。栄養価計算は完璧です」 「……お前、料理機能なんてあったのか?」 「昨晩、旧時代の料理データベースをインストールしました。……貴方の体調回復には、良質な食事が不可欠ですので」


 少し頬を染めながら(LEDの発光パターンを変えて)、彼女は皿を差し出す。  それは、地獄のようなこの地上で迎える、あまりにも人間らしい朝だった。


 俺たちの逃避行は、意外と悪くないかもしれない。  そう思いながら、俺は彼女の作った少し焦げた卵を口に運んだ。

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