第33章:『星を穿つ弓矢、あるいはイカロスの飛翔』
南の果ての島。 そこには、人類がかつて星の海を目指した夢の墓標があった。
旧・種子島宇宙センター。 赤錆びた鉄骨が海岸線に並び、中央には天を突き刺すような巨大な建造物――『マスドライバー』の射出レールが鎮座している。
「……エネルギー充填率、80%。回路の腐食が激しく、バイパス処理に時間を要します」
管制塔の残骸で、アイリスが太いケーブルを自身の首筋に接続し、膨大な電力を制御していた。 彼女の背中には、雪山で手に入れた『高機動飛行ユニット・イカロス』が装着されている。純白の翼が展開し、発進の時を待っていた。
「急げよ、アイリス。……お客さんのお出ましだ!」
俺は管制塔の窓から対物ライフルを構えた。 島の森から、黒い影が無数に飛び出してくる。 『天使』の群れだ。イヴは俺たちがここに来ることを読んでいたらしい。
「数は二百、いや三百か……!」
ズドン!! 先頭の一体を撃ち抜くが、焼け石に水だ。 空からは飛行型の天使が急降下してくる。
「警告。シールド展開不可。全ての出力をマスドライバーに回しています。……クロト、逃げてください」 「ハネムーンの最中に嫁を置いて逃げる男がいるかよ!」
俺はトリガーを引き続ける。 だが、弾切れが近い。 天使の爪が管制塔の壁を引き裂き、俺の目の前まで迫った、その時だ。
ドォォォォォン!!
爆音が轟き、群がる天使たちが炎に包まれて吹き飛んだ。
『――よう、色男! 随分と派手なデートじゃないか!』
無線から響く、聞き慣れたダミ声。 空を見上げると、ボロボロの戦闘機や武装ヘリの編隊が、空を埋め尽くしていた。 翼には、下手くそなペイントで狼のマークが描かれている。
「ヴァネッサ……!?」 『あたしたちが地上で泥遊びしてる間に、あんたたちは星旅行かい? 羨ましいねえ!』
機銃掃射の雨が、天使の群れをなぎ倒していく。 ヴァネッサだけじゃない。各地で出会ったレジスタンスたちが、俺たちの道を切り開くために集結していたのだ。
『ここはあたしたちが食い止める! とっとと行きな! ……あのアマ(イヴ)に、デカい一発ぶちかましてやんな!』 「ああ……任せとけ!」
その時、管制室にアラートが鳴り響いた。
「充填率100%! 射出電圧、臨界点到達!」
アイリスがケーブルを引き抜き、立ち上がる。 その瞳は青く澄み渡り、背中の翼からはプラズマの噴流が漏れ出している。
「クロト、掴まって!」
俺はアイリスに正面から抱きついた。 彼女の腕が俺の背中を強くホールドする。
「行きます! 舌を噛まないように!」
アイリスが床を蹴り、射出カタパルトの上へと躍り出る。 ガコンッ! 固定具が外れ、背中の磁気レールが唸りを上げた。
『3、2、1……点火!!』
視界がホワイトアウトした。 全身の骨がきしむほどのG(重力加速度)。 俺たちは巨大な弾丸となり、垂直のレールを駆け上がった。
キィィィィィィン!!
音速突破。 衝撃波が雲を散らす。 ヴァネッサたちの戦場が、島が、そして海が、一瞬で豆粒になっていく。
「出力最大! イカロス、全開!!」
アイリスが叫ぶ。 背中の翼が爆発的に加速し、俺たちを空の果てへと押し上げる。 空の色が変わる。 灰色から、鮮やかな青へ。 そして深い藍色へ。
――そして、静寂。
重力が消えた。 俺が目を開けると、そこには無限に広がる黒い虚空と、宝石のように輝く星々があった。 眼下には、青く輝く地球の曲線。
「……すごい」 「到達しました。高度36,000km、静止軌道上です」
アイリスが翼を広げ、無重力の海を滑るように飛ぶ。 だが、感傷に浸っている暇はなかった。
「クロト、前方! 熱源多数!」
彼女が指差した先。 漆黒の宇宙空間に、巨大な建造物が浮かんでいた。 地上から伸びる『軌道エレベーター』の頂上ステーション。 そして、その周囲を無数の光が取り囲んでいる。
ピピピピピッ! 俺たちの周囲に、赤いレーザーポインターが無数に照射された。 旧時代の防衛衛星網。 それを操る『最後の使徒』が、俺たちを歓迎していた。
『よく来たね、地上の猿ども。……ここが君たちの墓標だ』
宇宙空間に、無機質な通信音声が響き渡った。




