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人類に見捨てられた地上で、俺と機械の少女だけが空を見る  作者: RIU


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第3章『欺瞞の歌声と、帰還する異端者(アウトサイダー)』

廃墟の闇を切り裂くように、その信号は点滅していた。


 瓦礫に埋もれた交差点。雨に濡れたコンクリートの陰に、人の形をした何かがうずくまっている。  ボロボロの軍用ポンチョ。その隙間から覗くのは、泥に汚れた女性の顔だ。彼女は震える手で発信機を握りしめ、うわ言のように助けを求めている。


「……識別信号、友軍歩兵インファントリー。第302部隊の生き残りと推測されます」


 アイリスがスコープを覗き込みながら、事務的な口調で報告する。  だが、俺の背筋には冷たい汗が伝っていた。


(おかしい)


 俺の固有能力――『共感接続エンパシー・リンク』。  アイリスとパスを繋いでいる今、俺の脳内には彼女の視覚情報と、周囲の空間認識情報が流れ込んでいる。  だが、それとは別に、俺の本能が警鐘を鳴らしていた。


 あの「生存者」からは、恐怖も、痛みも、焦燥も伝わってこない。  あるのは、底知れない「食欲」のような粘着質なノイズだけ。


「アイリス、射撃体勢」 「……? 指揮官、対象は非戦闘員シビリアンの可能性があります。保護プロトコルを優先すべきでは?」 「いいや、違う。あれは人間じゃない」


 俺は断言した。  通常の指揮官なら、生存者発見の功績に目がくらんで飛び出していただろう。だが、俺にはえる。奴の「擬態」の下にある、醜悪な機械の駆動音が。


「撃て。脳天だ」 「……了解。指揮官の判断を信じます」


 アイリスに躊躇はない。  彼女は巨大な『葬送のパイルバンカー』を構え直し、その先端をうずくまる女性に向けた。距離は五十メートル。


 ドォォン!!


 炸裂音が轟く。  杭が射出された瞬間、うずくまっていた「女性」がバネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。  顔面が中央からパカりと割れ、花弁のような口器と、回転するノコギリが露出する。


『ギシャアアアアアッ――!?』


 悲鳴は、断末魔へと変わった。  アイリスの放った杭は、正確に怪物の口腔内へ突き刺さり、その中枢コアごと上半身を粉砕したのだ。  肉片と機械部品が雨の中に飛び散る。


擬態型ミミック……『歌姫セイレーン』種か」


 俺は吐き捨てるように言った。  救助信号を囮に人間を誘き寄せる、悪趣味な『天使』だ。最近、前線での行方不明者が増えている原因はこれだろう。


「驚きました。熱源反応も生体パターンも、完全に人間と一致していました。なぜ見抜けたのですか?」


 アイリスが硝煙を纏ったまま、不思議そうに振り返る。


「勘だ。……それと、あいつからは『心』の音がしなかった」 「心……。非科学的かつ抽象的なパラメータです」


 彼女は呆れたように首を振ったが、その声色には少しだけ、俺への信頼の色が混じっていた。


「脅威排除を確認。……帰投しましょう、クロト」


 初めて、彼女が俺の名を呼んだ気がした。


 ***


 地上と地下世界を繋ぐ巨大エレベーター『バベル』。  その重い扉が開くと、そこは別世界だった。


 無機質な白い壁。清潔すぎる空気。そして、鼻につく消毒液の臭い。  地下都市要塞アガルタの軍事区画だ。


 泥と油にまみれた俺たちがゲートをくぐると、周囲の空気が一変した。  すれ違う白い制服の将校たちが、露骨に眉をひそめ、道を避ける。


「うわ、臭うぞ。また『処理班』か」 「あんな旧型の鉄屑スクラップを連れて、よく生きて戻ってこられたな」 「どうせ安全地帯で隠れていただけだろう」


 陰口が聞こえてくる。  アガルタにおいて、最新鋭の量産型アンドロイドを指揮するエリート部隊にとって、遺物ロスト・テクノロジーを使い回す俺たちのような部隊は、野蛮な「ゴミ拾い」でしかない。


 アイリスが無表情のまま、巨大な杭を引きずって歩く。  床に金属が擦れる音が、周囲の嘲笑を切り裂くように響いた。


「……指揮官。彼らの発言は、私のスペックに対する侮辱と判断します。威嚇射撃の許可を」 「却下だ。弾がもったいない」


 俺は苦笑して彼女を制する。  だが、その時。


「やあ、クロト少尉。無事だったかね?」


 ねっとりとした声が降ってきた。  現れたのは、金髪をオールバックにした優男。最新鋭部隊を率いるシュナイダー中尉だ。彼の後ろには、同じ顔をした量産型の美しいアンドロイドが三体、侍っている。


「シュナイダー中尉。……お陰様で」 「いやあ、心配していたんだよ。君のところの『お婆ちゃん』人形が、また故障して動けなくなるんじゃないかってね」


 シュナイダーはアイリスを値踏みするように見下ろし、嘲笑った。


「見てくれよ、その傷だらけの装甲。貧乏くさい。やはり兵器は最新鋭に限るよ。スマートで、従順で、使い捨てが利く」


 彼の後ろの量産機たちは、表情一つ変えず、ただ人形のように佇んでいる。  アイリスの赤い瞳が、微かに細められた。  俺には分かる。リンクを通じ、彼女の中で静かな「怒り」の電圧が上がっているのが。


 俺はシュナイダーの前に一歩踏み出した。


「中尉。一つ訂正を」 「ん?」 「こいつは旧型じゃない。……『ヴィンテージ』です。それに」


 俺はアイリスの肩に手を置いた。


「こいつは一度の出撃で、中尉の部隊が一ヶ月かけて倒す数の『天使』を狩ってきた。その傷は、勲章ですよ」


 俺の言葉に、シュナイダーの顔が引きつる。  彼も気づいたのだ。アイリスの背負う『葬送の杭』の先端に、上級個体のコアの破片が付着していることに。  それは、彼の部隊が決して倒せなかった獲物の証拠だった。


「な……っ!?」 「行こう、アイリス。オイル交換の時間だ。約束通り、最高級のやつを奢ってやる」 「……了解ラジャー、マスター」


 アイリスはシュナイダーたちを一瞥もせず、俺の後ろをついてくる。  その足取りは、心なしか弾んでいるように見えた。


 背後でざわめきが広がる中、俺たちは「ホーム」である整備ドックへと向かう。  だが、この時の俺はまだ気づいていなかった。  今回持ち帰った戦闘データが、軍の上層部――そしてアガルタの根幹を揺るがす騒動の火種になることを。

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