第28章:『紅蓮の庭師、あるいは業火の剪定作業』
「ゴホッ、ゴホッ……!」
肺が焼けるようだ。 視界が黄色いモヤに覆われている。あの男が撒き散らした毒花粉だ。防護マスクのフィルター越しでも、喉の奥が痺れてくる。
「クロト! 呼吸を浅くしてください!」
アイリスが叫びながら、俺の周囲に迫る茨の壁を切り払う。 ヒュン、ヒュン! 『アズラエル』の刃は鋭い。鋼鉄のような植物をバターのように両断する。 だが――。
ズズズッ。 切断面から粘液が溢れ、瞬時に新しい芽が吹き出す。 切れば切るほど、茨は増殖し、俺たちを締め上げていく。
「無駄だよ、お人形さん」
茨の塔の上で、白いスーツの男――『庭師』が優雅に腕を組んでいた。
「僕の植物は、イヴ様の細胞を移植された『神樹』の末裔だ。物理的な切断なんて、枝打ち(トリミング)にしかならないよ」 「……推奨:撤退。クロト、このままでは貴方の生体機能が停止します。私一人なら突破可能です。私を置いて逃げて――」 「馬鹿言うな!」
俺はふらつきながらアイリスの背中を叩いた。
「俺たちはハネムーン中だろ? ……旦那を置いていく嫁がどこにいる」 「……っ! ですが、有効な打撃手段が……」 「あるだろ。……ガンテツの爺さんが言ってた『あれ』を使え」
俺はニヤリと笑い、アイリスの武器を指差した。 『アズラエル』。 天使のコアを動力源にしたこの武器は、常に暴走寸前のエネルギーを内包している。普段は冷却リミッターで抑えているが、それを逆に利用すれば――。
「……了解。排熱機構、全開放。……『プロメテウス・ドライブ』、始動」
アイリスが柄にある安全装置を解除した。 ブォォォォォォン!! エンジンの回転音が、悲鳴のような高音へと変わる。 鎌の刀身が赤熱し、やがて眩いほどの白熱光を放ち始めた。周囲の空気が揺らぎ、雨粒が触れる前に蒸発する。
「な、なんだその熱量は!?」
庭師の余裕が消えた。 植物にとって、火は天敵。それが超高密度のエネルギー熱なら尚更だ。
「害虫駆除の時間だ、アイリス。……その汚い庭を焼き払え!」 「イエス、マスター!」
アイリスが鎌を薙ぎ払った。 以前のような斬撃ではない。それは、爆風を伴う『熱波』だった。
ドォォォォン!!
迫りくる茨の壁が、刃に触れた瞬間に炭化し、崩れ落ちる。 再生? させるものか。細胞ごと灰にしてやる。 一振りで森が開けた。
「僕の……僕の美しい庭がァァァ!!」 「次は貴方です」
アイリスが跳んだ。 炎の尾を引く彗星のように。 庭師は慌てて無数の蔦を盾にするが、数千度の刃の前には紙切れ同然だった。
「熱い、熱いィィィ!! やめろ、僕は選ばれた使徒だぞ!?」 「選ばれたなら、最期まで美しく燃えなさい」
アイリスの大鎌が、庭師の胴体を袈裟懸けに切り裂いた。 斬撃と同時に、傷口が爆発的に炎上する。
「ギャアアアアアアッ!!」
断末魔は一瞬だった。 白いスーツは黒い灰となり、風にさらわれて消えた。 後に残ったのは、焼け焦げた大地と、赤熱して蒸気を上げる大鎌を持つ死神だけ。
***
戦闘終了後。 村人たちを縛っていた根も枯れ果て、彼らは解放された。 毒花粉も熱気流で吹き飛ばされ、ようやくまともな空気が戻ってくる。
「……ふぅ。派手にやったな」
俺は地面に座り込み、マスクを外して深呼吸した。 アイリスが鎌を冷却モードに戻し、駆け寄ってくる。
「クロト、バイタルチェックを。……無理をさせました」 「平気だ。それより、あいつ……最期に気になることを言ってたな」
庭師は言っていた。『第一の使徒』だと。 灰の中に、焼け残った何かが落ちていた。 俺はそれを拾い上げる。 植物の種のような、奇妙な結晶体。そこには『No.1』と刻まれていた。
「……ナンバーワン。つまり、あと何人かいるってことか」 「推測:イヴの性格からして、最低でもあと三体は存在する可能性が高いです」
俺は結晶を握りつぶした。 イヴは本気だ。 この地上すべてを支配するために、自らの分身たちを放ったのだ。
「行くぞ、アイリス。ハネムーンは延長だ」 「……肯定。邪魔者は全て排除し、貴方との旅路を完遂します」
アイリスは俺の手を取り、立たせてくれた。 その手は戦闘の熱を帯びて熱かったが、俺にはそれが頼もしく感じられた。 俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。




