第25章(前編):『神殺しの狂宴(前編):双極の女神と、戦場の指揮者』
光と闇が交錯し、黄金の神に牙を剥く。
「遅いよお姉ちゃん! 私のスピードについてきてないじゃん!」
イヴが黒い翼を広げ、超音速で空を駆ける。 彼女は空間をねじ曲げ、無数の重力弾をオリジナルへ叩き込む。 だが、黄金の光翼がそれを自動防御する。
「貴女の軌道がランダムすぎるのです! 射線に入らないでください!」
アイリスが地を滑り、『アズラエル』を振り回すが、イヴが邪魔で決定打を打ち込めない。 水と油。 本来、敵同士である二機の連携は、致命的なまでに噛み合っていなかった。
『浄化』
オリジナルが無慈悲に手を振るう。 放たれた光の極太レーザーが、連携の隙間を縫って俺たちを焼き尽くそうとする。
「くっ……!」
俺は瓦礫の影に飛び込みながら、脳が焼き切れるほどの思考加速を行っていた。 このままじゃジリ貧だ。 アイリスの動きは読める。だが、イヴは完全に未知数だ。 なら、どうする?
――俺が『繋ぐ』しかない。
「アイリス! 思考制御を俺に預けろ! イヴの動きは俺が読む!」 「マスター!? しかし、それでは貴方の脳への負荷が……」 「やるんだッ!!」
俺は『共感接続』の出力を最大にした。 鼻血が垂れる。脳血管が悲鳴を上げる。 俺はアイリスの視覚情報を処理しながら、戦場全体を俯瞰する。
イヴの筋肉の動き、視線、性格。 あいつなら、次は右へ飛ぶ。その直後、重力波を放つ。 そのコンマ一秒の隙間に、アイリスの刃を滑り込ませる!
「――右翼展開! 角度マイナス30度、突っ込めアイリス!!」
俺の思考が、言語化するよりも早くアイリスの身体を動かす。 アイリスは躊躇なく、イヴが飛び退いた直後の空間へ飛び込んだ。
「えっ!?」
イヴが驚愕に目を見開く。 彼女が回避したその軌跡をなぞるように、アイリスの大鎌が通過し、オリジナルの防御障壁に直撃したのだ。
ガギィィィン!!
「……へぇ、やるじゃんお兄ちゃん! 私の動き、見切ってるんだ!」
イヴがニヤリと笑った。 彼女は即座に戦法を変えた。自分勝手に動くのではない。俺の予測を信頼し、さらに無茶な軌道を描き始める。
「なら、これはどうかな!?」
イヴが真上から急降下し、オリジナルの頭上を押さえつける。重力圧。 敵の動きが一瞬止まる。
「今だ、アイリス! 『パイルバンカー』!!」 「了解!!」
アイリスが懐に潜り込む。 必殺の間合い。 だが、その瞬間。
『……クロト?』
オリジナルの黄金の瞳が、俺を見た。 そして、脳内に直接響いてきたのは――懐かしく、愛おしい声。
『どうして? 痛いよ、クロト。どうして私をいじめるの?』
姉さん。 セレン姉さんの声だ。幼い頃、熱を出した俺をあやしてくれた、あの優しい声。
「う、あ……」
俺の意識が白濁する。 トリガーにかけた指が凍りつく。 姉さんを撃つのか? 俺のために死んだ姉さんを?
『一緒に行こう? もう苦しまなくていいんだよ……』
甘い誘惑。死へのいざない。 リンクしているアイリスの動きも止まる。 オリジナルの光翼が、無防備な俺たちに向けて収束していく。
「――騙されるな、バカ兄貴ッ!!」
罵声と共に、俺の頭上を黒い影が通過した。 イヴだ。 彼女は俺の目の前に割り込み、オリジナルの顔面に泥の拳を叩き込んだ。
「あいつはただのデータだよ! あんたの大事な人は、もうとっくに死んでんの!」
その衝撃で、幻聴が途切れた。 ハッとする。 そうだ。姉さんは死んだ。 今、目の前にいるのは、姉さんの記憶を悪用して俺たちを殺そうとする怪物だ。
「……悪い、目が覚めた!」
俺は血の混じった唾を吐き捨てた。 迷いは消えた。怒りだけが残った。
「アイリス! フルドライブだ! その偽物の神を叩き割れ!!」 「承認!!」
アイリスの背中のスラスターが爆発的に噴射する。 イヴが作った隙。俺が繋いだ道。 全てを乗せた一撃。
『断罪の機鎌・処刑形式!!』
ズバァァァァァァン!!
巨大な鎌が、オリジナルの展開していた光の障壁をガラスのように粉砕した。 そのまま刃が、黄金の胸部装甲へと食い込む。
『アアアアアアアッ――!?』
神の絶叫。 装甲が弾け飛び、内部のコアが露出する。 やったか!?
だが、砕けた装甲の隙間から溢れ出したのは、オイルでも血でもなかった。 膨大な量の『光のデータ』。 アガルタに住む数十万人の市民の意識、恐怖、絶望。それらが濁流となって逆流し、リンクしていた俺の脳へと流れ込んできた。
「ぐ、がぁぁぁぁッ!?」
脳が焼ける。視界がブラックアウトする。 俺の意識が闇に落ちていく中、最後に見たのは、 露出したコアの中で、不気味に微笑む『何か』の姿だった。




