第23章 :『狂科学者の晩餐、あるいは捕食される飼い主』
ズズズズズ……。 天井の闇から、巨大な影が降下してくる。
それは、悪夢を形にしたような機械だった。 六本の鋭利な脚を持つ多脚戦車。その胴体中央には、ガラス張りのカプセルがあり、培養液に浸かった脳と、脊髄だけで繋がれたゼルマンの上半身が浮いている。
『素晴らしいだろう、クロト君! これこそが進化だ! 老いさらばえた肉体を捨て、私は神の心臓と直結したのだ!』
スピーカーから響く声は、ノイズ混じりの歓喜に満ちていた。 彼の背中からは無数のケーブルが伸び、あの中央にある巨大な肉塊――『イヴの心臓』へと刺さっている。
「……趣味が悪いにも程があるぞ、ゼルマン」 「凡人には理解できんよ。さあ、実験再開といこうか!」
ヒュンッ! ゼルマンの機械脚が鞭のようにしなり、俺たちを襲う。 速い。だが――。
「させません!」
ガキンッ!! アイリスが『アズラエル』で受け止める。衝撃波が広がり、床の鉄板がめくれ上がる。
「アイリス、出力最大! 押し返せ!」 「了解!」
アイリスが大鎌を払い、ゼルマンの脚を切断する。 だが、切断面から即座に黒い粘液が溢れ出し、数秒と経たずに鋼鉄の脚が再生してしまった。
『無駄だ無駄だ! 私は「心臓」から無限の生命力を供給されている! 貴様らごときの火力が通じるものか!』
ゼルマンが高笑いと共に、全砲門を開く。 ビームとミサイルの嵐。 俺たちは遮蔽物に飛び込み、防戦一方となる。
「クソッ、あの心臓と繋がっている限り不死身か!」 「クロト、接近できません。弾幕が厚すぎます」
焦る俺たちを見て、ゼルマンは勝ち誇ったように言った。
『そうだ、いいことを教えてやろう。君の姉、セレン君のことだ』 「……姉さんがどうした」 『彼女の脳は葬送機のコアとしては優秀だったが、実はこの「心臓」の制御システムにも転用させてもらってね。……この心臓は常に激痛を発しているのだが、彼女の思考パターンがその痛みを肩代わりしてくれているのだよ!』
ドクン。 俺の心臓が早鐘を打った。 姉さんが、今も、この肉塊の中で永遠に痛みに耐え続けている? 俺を生かすために売った命が、死してなお、こいつの実験の道具にされている?
『毎日泣き叫ぶログが流れてきてねぇ、実にいいBGMだよ!』
ブチリ。 何かが切れた。理性ではない。人として守るべき一線だ。
「……アイリス」 「はい」 「殺せ」
俺は遮蔽物から飛び出した。 ライフルを乱射し、自ら囮となって弾幕の中へ走る。
「おい、ゼルマン! こっちだ!」 『ハハハ、自暴自棄か? なら消えろ!』
ゼルマンの砲門が俺に向く。 ミサイルが発射される寸前、俺はスライディングで懐へ潜り込んだ。
「今だッ!!」
頭上から、紅蓮の彗星が降ってきた。 最大出力で加速したアイリスだ。 彼女は俺の頭上を飛び越え、ゼルマンの死角である「頭上」を取った。
「貴方のBGMを、葬送曲に変えてあげます!!」
ブォォォォォォォン!!
『アズラエル』が深紅の軌跡を描く。 狙うは再生する脚ではない。本体と心臓を繋ぐ、エネルギー供給ケーブルだ。 ズバァッ!! 極太のチューブ束が、一刀のもとに切断される。
『なっ……馬鹿な、エネルギー供給が!?』 『チェックメイトです』
アイリスは空中で回転し、鎌の石突きをゼルマンのガラス・コクピットに向けた。
『パイルバンカー、最大出力!』
ズドォォォォォォン!!
轟音。 極太の杭が強化ガラスを粉砕し、ゼルマンの機械の胴体を貫いた。 鉄屑と培養液が爆散する。
『ギャアアアアアアアッ!? 痛い、痛いィィィ!!』
無様な悲鳴を上げながら、ゼルマンの残骸が床に落下する。 まだ息はある。だが、機体は完全に沈黙していた。
「ひ、ひぃ……助けてくれ……死にたくない……」
這いずりながら逃げようとするゼルマン。 その先には、脈動する『イヴの心臓』があった。
「おお……そうだ、心臓よ! 私を癒やせ! 私はお前の主だぞ!」
ゼルマンは必死に肉塊に縋り付いた。 その瞬間。 肉塊の表面がぐにゃりと歪み、無数の黒い触手が飛び出した。
『え……?』
触手はゼルマンを癒やすのではなく、その身体に容赦なく突き刺さった。
「ギャッ……な、何をする! やめろ、吸うな! 私を吸うなぁぁぁ!!」
ズズズズズ……。 ストローで中身を吸われるように、ゼルマンの肉体が急速に萎んでいく。 『心臓』は彼を主とは認識していなかった。ただの「餌」としか見ていなかったのだ。
「あ、あ……」
数秒後。そこには乾いた皮と、機械の残骸だけが残された。 完全なる捕食。 自らが作り出したシステムに食い殺された、あまりにも皮肉な最期。
「……ざまあみろ」
俺が吐き捨てた、その時だった。 ドクン!! ゼルマンを吸収した『心臓』が、これまでとは桁違いの強さで脈打ち始めた。 肉塊に亀裂が入り、眩い金色の光が漏れ出す。
「警告! 高エネルギー反応! ……何かが、生まれます!」
アイリスが俺を庇って下がる。 アガルタの最深部で、パンドラの箱が開こうとしていた。




