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人類に見捨てられた地上で、俺と機械の少女だけが空を見る  作者: RIU


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第22章 :『崩れゆく楽園、あるいは進軍する狼たち』

その日、地下の楽園は地獄へと変わった。


 『嘘だ! これが人間のやることか!』  『私の娘を返せ!』


 ホログラムの空が消えたアガルタ市街地では、怒り狂った市民が治安維持局のゲートに押し寄せていた。  石が投げられ、火炎瓶が飛ぶ。  かつてのエリートたちの優雅な生活は、硝煙と悲鳴にかき消されていた。


 司令部タワー、最上階。  眼下の暴動を見下ろすガランド大佐の表情は、氷のように冷徹だった。


「……愚民どもが。飼い主の手を噛むとは躾がなっていない」 「どうしますか、大佐? 防衛ラインが維持できません!」


 部下の悲鳴に、ガランドはワイングラスを傾けながら淡々と命じた。


「『防疫措置』を発令せよ。B-5区画およびC-3区画に、神経ガスを散布。……暴徒は『病原菌』だ。消毒したまえ」 「なッ……市民ごとですか!?」 「アガルタの秩序を守るためだ。多少の犠牲コストは許容範囲だろう?」


 彼はグラスを置くと、不敵に笑った。


「それに、ネズミどもが正面玄関をノックしているようだ。歓迎してやらねばな」


 ***


 ズドォォォォン!!


 アガルタへと続く巨大エレベーター『バベル』の基部が、爆炎に包まれた。  ヴァネッサが放ったロケットランチャーの一撃だ。


「ヒャッハー!! 起きな、地下のモグラども! モーニングコールだぜ!」


 彼女の号令と共に、レジスタンスの装甲車部隊がゲートへ突っ込む。  迎撃システムの機銃掃射を、改造された重装甲で弾き返し、バリケードを粉砕していく。


「狙え狙え! アガルタの兵器は高級品だ、壊すのはもったいねえぞ!」


 地上の「ゴミ」と呼ばれた者たちの牙が、ついに巨象の喉元に食らいついたのだ。  警報が鳴り響き、防衛部隊の注意が正面ゲートへ集中する。


 その隙に。  俺とアイリスは、地下深くへと続く通気ダクトの中を滑り降りていた。


「……振動感知。地上部隊が陽動に成功しています」 「よし。ヴァネッサたちが派手にやってくれてる間に、俺たちは心臓部を突くぞ」


 俺たちはダクトを蹴破り、中層エリアの回廊へと着地した。  そこは、無機質な白い壁が続く、軍の研究開発区画への連絡通路だ。


 だが、そこは無人ではなかった。  カツン、カツン、カツン。  整然とした足音が響く。  通路の奥から現れたのは、銀色の髪に黒いドレスを纏った少女たち。  十体、二十体……いや、もっといる。


「……アイリス?」


 一瞬、俺は目を疑った。  全員が、アイリスと同じ顔をしている。  量産型葬送機『ヴァルキリー・シリーズ』。アイリスの設計データを基に、コストダウンして量産されたコピー人形たちだ。


「侵入者確認。……排除します」 「排除します」 「排除します」


 感情のない合成音声が重なり、不気味な合唱となる。  彼女たちは一斉に、標準装備のパイルバンカーを構えた。


「……不愉快です」


 隣で、アイリスが低く呟いた。  彼女の手には、巨大な死神の鎌『アズラエル』。  その赤い瞳が、侮蔑の色を帯びてコピーたちを睨みつける。


「同じ外見、同じ基本スペック。……ですが、貴女たちは決定的に欠落しています」


 ブォォォォォン!!  アズラエルのエンジンが咆哮を上げる。


「貴女たちには、命を懸けて守りたい『誰か』がいない!」


 開戦。  量産型が一斉に飛びかかる。  だが、アイリスは一歩も引かない。


 ヒュンッ!  紅蓮の軌跡が描かれる。  先頭の三体が、武器を構える暇もなく両断され、火花を散らして崩れ落ちた。


「マスター、下がっていてください。……これは、私の『証明』の戦いです」


 アイリスが舞う。  量産型の突きを紙一重でかわし、その遠心力を利用して大鎌を旋回させる。  鉄屑が舞い、オイルの雨が降る。  コピーたちは連携してアイリスを追い詰めようとするが、クロトとの『共感接続リンク』で直感を強化されたアイリスには、その動きが止まって見えるようだった。


「遅い!」


 ズドン!!  アズラエルのパイルバンカーが炸裂し、最後の一体の胸部装甲を貫いた。  廊下は瞬く間に、銀色のスクラップの山と化した。  その中央に、傷ひとつなく立つ、唯一無二の「アイリス」。


「……掃除完了。行きます、クロト」


 彼女は振り返りもせず、大鎌を担ぎ直した。  その背中は、どんな最新兵器よりも頼もしく見えた。


 俺たちは残骸を踏み越え、最深部へのエレベーターホールへとたどり着く。  だが、扉が開いたその先に待っていたのは、人の気配ではなかった。


 広大なホールの中心に、巨大なガラス管が鎮座している。  その中で、ドクンドクンと脈動しているのは――『心臓』だ。  直径三メートルはある、どす黒い肉塊。そこから無数のチューブが天井へと伸び、アガルタ全土へエネルギーを送っている。


「……なんだ、これは?」 「エネルギー反応、測定不能。……クロト、これはただの動力炉ではありません」


 その時、天井のスピーカーから、聞き覚えのある嘲笑が降ってきた。


『ようこそ、アガルタの心臓部へ。そして私の最高傑作の寝室へ!』


 ゼルマンの声だ。


『紹介しよう。これこそが全ての元凶にして、無限のエネルギー源。……オリジナル・イヴの「聖なる心臓」だ!』


 肉塊が大きく脈打った。  それと呼応するように、俺の脳内に直接、激しいノイズと少女の笑い声が響き渡った。


 『あはっ、見つかっちゃった!』


 イヴの声?  いや、違う。これはもっと、古くて、強大な――。  俺たちは、足を踏み入れてはいけない神域タブーに触れてしまったのかもしれない。

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