第20章:『紅蓮の産声、あるいは断罪の機鎌(アズラエル)』
灼熱。 工房の中は、息を吸うだけで肺が焼けるような熱気に包まれていた。
「いいか坊主! こいつはただの武器じゃねえ。天使のコアを動力源にした、一種の『独立した怪物』だ!」
ガンテツが火花を散らしながら、巨大な鉄塊にハンマーを叩きつける。
「アイリスの制御リミッターを全部外せ! そうしなきゃ、こいつの出力に振り回されて自壊するぞ!」 「正気か!? リミッター解除なんてしたら、人格データが焼き切れる可能性がある!」 「やらなきゃ死ぬぞ! ……客が来たようだ!」
ガンテツが叫ぶと同時、工房の天井ガラスが音もなく割れた。 パラパラと落ちてくるガラス片。 それに混じって、黒い影が三つ、舞い降りた。
アガルタ軍特殊部隊――『処刑部隊』。 光学迷彩で姿を消し、音もなく標的を抹殺する暗殺者たちだ。
「チッ、嗅ぎつけるのが早すぎるぜ!」
俺はライフルを乱射するが、影たちは液体のように弾道を避け、距離を詰めてくる。 速い。シュナイダーのような改造人間とは質が違う。
「邪魔だ、老いぼれ!」
先頭の影が、高周波ブレードを閃かせた。 ガンテツが義手のハンマーで受け止めるが、衝撃で巨体が吹き飛ばされる。
「ぐわっ!」 「ガンテツさん!」
俺がカバーに入ろうとした瞬間、背後から冷たい気配がした。 いつの間にか、もう一人が俺の背後に回り込んでいたのだ。 首筋に、冷たい刃の感触。
「チェックメイトだ、反逆者」
終わった。 そう思った、その時だ。
『……承認。リミッター、全解除。……殲滅モードへ移行します』
地獄の底から響くような、冷徹な声。 直後、工房の奥にある巨大な「炉」が、内側から爆発した。
ドォォォォォン!!
紅蓮の炎が噴き出し、俺を取り押さえていた暗殺者がその熱波に怯んで飛び退く。 炎の渦の中に、ゆらりと立つ影があった。
銀色の髪が、熱風に舞い上がる。 ボロボロだったドレスは修復され、関節部分からは青白い排熱光が漏れ出している。 そして、その手には――身の丈を優に超える、禍々しいまでの「凶器」が握られていた。
黒鉄の柄に、血のように赤い刃。 巨大な死神の大鎌だ。
「な、なんだそのエネルギー値は!?」
暗殺者たちが動揺する。 アイリスは無言のまま、大鎌を一閃させた。
ヒュン。
風切り音すら置き去りにする速度。 離れた場所にいた暗殺者の一人が、カクリと膝をついた。 次の瞬間、その上半身が斜めにずれ落ちた。 光学迷彩ごしに、一刀両断されたのだ。
「馬鹿な……見えていないはずだ!」 「空間認識、完了。……貴方たちの隠れ場所は、そこです」
アイリスが鎌を旋回させる。 遠心力で加速した刃が、二人目の暗殺者を襲う。敵は高周波ブレードで受け止めようとした。
ガキンッ!!
鎌の刃がブレードをへし折り、そのまま敵の胴体に食い込む。 だが、それだけではない。 アイリスが柄にあるトリガーを引いた。
ズドォォォォン!!
鎌の刃の根元に内蔵された『パイルバンカー』が作動し、太い杭が敵の装甲を貫通、粉砕した。 斬撃と打撃の二重奏。 敵は肉片となって四散した。
「ひ、化け物……!」
最後の一人が、恐怖に駆られて出口へ走る。 アイリスは追わない。 ただ、大鎌を変形させた。刃が折り畳まれ、巨大な槍のような形態になる。
「逃がしません」
彼女はそれを投擲した。 紅蓮の彗星となった槍は、逃げる敵の背中を貫き、鋼鉄のゲートに縫い止めた。
静寂。 わずか十秒足らずの蹂躙劇だった。
「……カッカッカ! 傑作だ!」
瓦礫の下から這い出したガンテツが、煤けた顔で笑った。
「その鎌の名は**『アズラエル』**。死を司る天使の名だ。……どうだ嬢ちゃん、使い心地は?」
アイリスは壁から鎌を引き抜くと、愛おしそうに刃を撫でた。 その瞳は、戦闘モードの赤から、穏やかな青へと戻っていた。
「……重いです。そして、熱い。まるで、クロトの心臓を握っているようです」
彼女は俺の方を向き、深々と頭を下げた。
「マスター。……これなら、貴方を守れます。世界の全てを敵に回しても」
俺は彼女の前に歩み寄り、その熱を帯びた頬に触れた。 熱い。火傷しそうなほどの熱量。 だが、それが今の俺たちには心地よかった。
「ああ。行こうぜ、アイリス。……アガルタへの、逆襲の時間だ」
俺たちは最強の翼を手に入れた。 あとは、高く飛ぶだけだ。 アガルタという、偽りの天国を堕とすために。




