第19章:『機械の墓場と、偏屈な鉄槌(ハンマー)』
西への道は、文字通り鉄の屍で埋め尽くされていた。
ガシャコン、ガシャコン……。 霧の中から現れたのは、半壊した建設用重機だ。AIがバグり、動くものすべてを粉砕しようとショベルを振り回している。
「障害物、接近! クロト、頭を下げて!」
アイリスがバイクの後部座席から飛び出した。 彼女の手には剣がない。あるのは己の拳と、奪ったアサルトライフルのみ。 彼女は重機のアームを駆け上がり、コクピットへゼロ距離射撃を叩き込んだ。
ドォォン! 重機が火を噴いて沈黙する。 アイリスは回転しながらバイクのシートへと戻ってきた。
「……打撃力不足です。チェーンソー剣があれば、一撃で切断できたものを」 「贅沢言うな。ナイスカバーだ」
俺たちは荒野を駆ける。 メインウェポンを失ったアイリスは、それでも必死に俺を守ろうとしていた。その健気さが、痛いほど胸に刺さる。 早く、新しい牙を与えてやらなければ。
***
瓦礫の山の頂上に、その「城」はあった。 トラックの荷台や鉄骨を無造作に積み上げて作られた、奇怪な要塞。 煙突からは黒煙が上がり、ハンマーを叩く重低音が地響きのように聞こえてくる。
伝説の職人、ガンテツの工房だ。
「行くぞ。……っと、危ない!」
俺はバイクを急停止させた。 直感が警鐘を鳴らしたのだ。 次の瞬間、俺たちが踏み込もうとした地面が爆発し、隠されていた自動砲台が鎌首をもたげた。
「侵入者検知。排除シマス」 「ちっ、歓迎なしかよ!」
俺は対物ライフルで砲台のセンサーを撃ち抜く。 だが、次々と新たな砲台が起動する。弾幕が厚い。
「クロト、私が盾になります! その隙に!」 「馬鹿野郎、お前を盾にするために来たんじゃない!」
俺はバイクを捨て、アイリスの手を引いて瓦礫の影へ滑り込んだ。 そして、スピーカーに向かって怒鳴った。
「おいクソ親父! 客に向かって銃を向けるのがアンタの流儀か!?」
一瞬の静寂。 やがて、ガーッというノイズと共に、ダミ声が響き渡った。
『客だと? アガルタの刻印が入った人形を連れたネズミが、客なわけあるか! 失せろ!』
頑固だとは聞いていたが、ここまでとは。 だが、ここで引くわけにはいかない。
「アガルタの犬じゃない! 俺たちはアガルタを潰すために来た! ……そのための武器がいるんだ!」 『ハッ、笑わせるな! 人形風情に何ができる!』
轟音と共に、要塞の重厚なゲートが開いた。 中から現れたのは、身の丈2メートルはあるパワードスーツを着込んだ老人だった。 白髪交じりの髭、ゴーグル越しの鋭い眼光。そして右腕そのものが、巨大な油圧式ハンマーになっている。
ガンテツだ。
「ワシはな、魂のない人形が大嫌いなんだ。プログラム通りに人を殺す鉄屑に、ワシの作品は渡さん!」
彼はハンマーを地面に叩きつけた。衝撃で地面が揺れる。 完全な拒絶。 俺が言葉に詰まった時、アイリスが前に出た。
「……下がれ、アイリス」 「いいえ、クロト。これは私の問題です」
アイリスはガンテツの目の前まで歩み寄ると、汚れたドレスの裾を翻し――その場に膝をついた。 土下座だ。 プライドも、アガルタのプログラムも関係ない。ただの懇願。
「……なんだ、命乞いか?」 「違います。私の命など、再利用可能な資源に過ぎません」
アイリスは地面に額を擦り付けたまま、凛とした声で言った。
「ですが、今の私ではマスターを守れません。……彼を守るためなら、私は悪魔に魂を売ってもいい。お願いです、力を貸してください」 「……」
ガンテツの目がわずかに見開かれた。 プログラムによる防衛反応ではない。自己犠牲と、他者への強烈な執着。 それは、彼が嫌う「人形」にはあり得ない挙動だった。
「魂を売る、か。……なら、代価はあるんだろうな?」
ガンテツが試すように言った。 俺はリュックから、イヴとの遭遇戦や、これまでの戦いで回収した「素材」を取り出した。 『セラフィム級天使のコア』。 そして、イヴが握りつぶした『No.00の泥の破片(硬化済み)』。
「……こいつは」
ガンテツが破片を拾い上げる。その手が震えていた。 職人の目だ。それが通常の素材ではないことを、一瞬で見抜いている。
「坊主、お前ら……一体どこでこんな『地獄の欠片』を拾ってきやがった?」 「地獄の底さ。……これでも足りないか?」
ガンテツはしばらく素材とアイリスを交互に見つめていたが、やがて「カッカッカ!」と豪快に笑い出した。
「気に入った! 上等な素材に、イカれた人形使い! 合格だ!」
彼はハンマーの親指を立て、工房の奥を指差した。
「入りな。……丁度、アガルタの連中には扱いきれねぇ『じゃじゃ馬』の設計図があったところだ。こいつのコアなら、あるいは動かせるかもしれん」
ゲートが完全に開く。 俺とアイリスは顔を見合わせ、安堵の息を吐いた。 偏屈な鉄槌が、ついに俺たちを受け入れたのだ。
工房の奥には、炉の炎に照らされて、巨大で凶悪なシルエットが眠っていた。 それが、アイリスの新たな翼となることを、俺たちはまだ知らなかった。




