第18章 :『勝利の美酒と砕けた刃、あるいは西への道標』
地下鉄のホームが、歓声と熱気に包まれていた。
「英雄に乾杯ッ! アガルタのクソ野郎どもに一泡吹かせてやったぞ!」 「うおおおおッ!!」
ドラム缶の焚き火を囲み、男たちが密造酒を煽る。 子供たちははしゃぎ回り、女たちは貴重な保存食を振る舞っている。 『第3バイオプラント』の破壊。それは、長年アガルタに搾取され続けてきた彼らにとって、初めての明確な「勝利」だった。
その輪の中心に、アイリスがいた。 泥だらけのドレス姿のまま、彼女は困惑したように立ち尽くしている。
「おい人形ちゃん! いや、アイリス様だ! 一杯どうだ!」 「……アルコールの摂取は推奨されません。機能障害の原因になります」 「固いこと言うなよ! あんたのおかげで俺たちはぐっすり眠れるんだ!」
以前は彼女を遠巻きにしていた男が、今は満面の笑みで肩を叩こうとしている。 アイリスは少し身を強張らせたが、拒絶はしなかった。その銀髪には、まだあの歪な造花が飾られている。
俺はその光景を、少し離れた柱の陰から見ていた。 手元には、ボロボロになった鉄塊がある。 『対艦用チェーンソー剣』。 かつて最強を誇った刃は、イヴの一撃でひしゃげ、モーターは焼き付いていた。完全にスクラップだ。
「……浮かない顔だね、色男」
ヴァネッサが近づいてきた。手にはマグカップが二つ。中身は強い度数の蒸留酒だ。
「みんな喜んでるぜ。あんたは主役だろ、もっと胸を張りな」 「勝った気がしないんだよ。……こいつを見ろ」
俺は壊れた剣を指差した。
「俺たちが相手にするのは、アガルタだけじゃない。あの『赤い悪魔』だ。……今の装備じゃ、あいつの指一本傷つけられない」
ヴァネッサは壊れた剣を見下ろし、ため息をついた。
「アガルタ製の特殊合金が粘土細工か……。確かに、こいつを直せる奴はウチにはいないね」 「だろうな。……新しい武器を探すしかない」 「探す? 作るんだよ」
彼女はニヤリと笑い、西の方角を指差した。
「西の廃都、八王子エリア。そこに一人の爺さんが住んでる。名前はガンテツ。……かつてアガルタで『葬送機』の武装開発をしていた伝説のエンジニアさ」 「アガルタの技術者? 生きてるのか?」 「ああ。偏屈で人間嫌いだがね。噂じゃ、『天使』のコアや外殻を加工して、とんでもない武器を作ってるらしい」
天使を素材にした武器。 俺の心臓が跳ねた。それなら、あるいはイヴにも通用するかもしれない。
「紹介状なんて気の利いたもんはないが、場所のデータならある。……行ってみるかい?」 「ああ。可能性がゼロじゃないなら賭ける価値はある」
俺は立ち上がった。 その時、アイリスが人混みを抜け出してこちらへ駆け寄ってきた。
「クロト! 住民たちから、大量の食料を譲渡されました。積載量オーバーです」
彼女の両手は、干し肉や謎の木の実でいっぱいだった。その顔は、困っていると言いつつも、どこか誇らしげだ。
「よかったな、人気者。……アイリス、出発だ。お前の新しい『牙』を取りに行くぞ」 「新しい装備、ですか? ……了解。現在の武装ではマスターを守りきれないと判断していました。合理的提案です」
彼女は残骸となったチェーンソー剣を一瞥し、名残惜しそうに、しかし決然と頷いた。
***
翌朝。 まだ薄暗いうちに、俺たちはリバティ・ステーションを後にした。 見送りはヴァネッサだけだ。
「死ぬんじゃないよ。……アガルタをぶっ潰す時が来たら、狼煙を上げな。あたしたちはいつでも駆けつける」 「ああ。あんたも達者でな」
俺たちは修理したバイクに跨り、西へ向けてスロットルを開けた。 目指すは伝説の職人。 そして、最強の武器。
だが、俺たちは気づいていなかった。 背後の霧の中、音もなく羽ばたく小型の偵察ドローンの存在に。 そのカメラのレンズの奥で、冷酷な光が明滅していることに。
『ターゲット確認。……これより追跡および殲滅任務を開始する』
アガルタからの刺客――『処刑部隊』が、静かに動き出していた。




