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人類に見捨てられた地上で、俺と機械の少女だけが空を見る  作者: RIU


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第15章 :『鉄屑の揺り籠(クレイドル)、あるいは小さき手と鋼の指』

案内された「巣」は、かつての大動脈――地下鉄の巨大ターミナル駅だった。


 改札を抜けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。  ホームには電車が停まったまま住居として改造され、コンクリートの壁には配管とネオン管が這い回り、猥雑だが温かい生活の灯りが灯っている。


「ようこそ、掃き溜めへ。ここが俺たちの『リバティ・ステーション』だ」


 ヴァネッサが誇らしげに腕を広げた。  あちこちから、トンカチを叩く音や、何かが煮炊きされる匂いが漂ってくる。


「……驚きました。地上に、これほどの規模の生存圏が維持されているとは」


 アイリスがキョロキョロと周囲をスキャンする。  だが、その視線はすぐに足元へ向けられた。


 ざわざわ……。  住民たちが作業の手を止め、俺たちを遠巻きに見ている。  その視線の多くは、好奇心ではない。恐怖と嫌悪だ。


「おい、あれ『葬送機』だろ? なんでこんな所に……」 「アガルタの回し者か?」 「子供を近づけるな、殺されるぞ」


 ひそひそ話が聞こえてくる。アガルタに見捨てられた彼らにとって、その尖兵であるアンドロイドは憎悪の対象でしかない。  アイリスが少しだけ身を縮め、俺の背後に隠れるように立った。


「気にすんな。みんな神経質になってるだけだ」


 ヴァネッサが俺の肩を叩き、奥の司令室(旧駅長室)へ向かうよう促す。  俺は頷き、歩き出そうとしたが――アイリスが動かない。


「どうした?」 「……囲まれました。退路がありません」


 彼女が困惑した声で言う。  見ると、俺たちの足元には、五、六人の子供たちが群がっていた。  大人たちとは違い、その目はキラキラと輝いている。


「ねえねえ、お姉ちゃんロボットなの?」 「すっげー! この服、ツルツルしてる!」 「背中の剣、カッコいい!」


 泥だらけの服を着た子供たちが、アイリスのドレスや装甲をペタペタと触る。


「ちょ、対象への接触は危険です! 私の装甲は硬度が高く、怪我をする恐れが……」 「おねーちゃん、これ直せる?」


 一人の男の子が、配線が千切れた旧式の携帯ラジオを差し出した。


「パパの形見なんだけど、音が出ないんだ」 「……修理依頼リクエストですか?」


 アイリスは俺をチラリと見た。俺は苦笑して頷く。  彼女はためらいがちにそのラジオを受け取ると、指先を変形させて極細のドライバーを展開した。


 キュイ、キュイ。  人間には不可能な速度と精密さで、断線した回路を繋ぎ直していく。作業はわずか十秒で終わった。


 『ザザッ……こちらは地上の天気予報です……』


 ラジオからノイズ混じりの音声が流れる。  子供たちの歓声が上がった。


「すげー! 魔法みたい!」 「ありがとう、お姉ちゃん!」


 男の子が、お礼にとポケットから何かを取り出した。  それは、銅線と色付きのビニールで作った、歪な造花だった。  彼はそれを、アイリスの銀髪にそっと差し込む。


「え……?」 「綺麗だよ、お姉ちゃん!」


 アイリスは凍りついたように固まった。  彼女は自分の髪に触れ、それから困ったように俺を見た。


「……クロト。理解不能エラーです。この物体には機能的な価値はありません。なのに、回路の温度が上昇し、胸の奥が締め付けられるような感覚が……」 「それを『嬉しい』って言うんだよ。よかったな、アイリス」


 俺が頭を撫でると、彼女は少し恥ずかしそうに、しかし大切そうにその造花の位置を直した。  その光景を見ていた大人たちの表情が、少しだけ緩んだのが分かった。


 ***


 夜。  駅長室で出されたのは、約束通りの「泥水スープ」だった。  正体は、乾燥野菜とネズミの肉を煮込んだものだ。味は推して知るべしだが、温かい食事がこれほど染みるとは思わなかった。


「……で、話ってのはなんだい?」


 ヴァネッサが空になった椀を置き、単刀直入に切り出した。  俺は懐から、あのメモリスティックを取り出した。  研究所で手に入れた『原罪コード』。


「取引がしたい。このデータには、アガルタの防衛システムを無力化する鍵が入っている」 「……なんだと?」 「俺たちはアガルタを潰すつもりだ。だが、二人だけじゃ手が足りない。あんたたちの協力が必要だ」


 俺は端末を操作し、データの一部をホログラムで投影した。  そこに映し出されたのは、アガルタのエネルギー供給プラントの構造図と、ある「隠し通路」の座標。


 ヴァネッサの隻眼が、驚愕に見開かれた。  彼女は震える手でタバコに火をつける。


「……おいおい、マジかよ。こいつは都市伝説だと思ってたぜ」 「知っているのか?」 「ああ。あたしたちの間じゃ『天国への裏口』って呼ばれてる場所だ。……だが、あんた、これを知っててここに来たのか?」


 彼女の声色が、鋭く低くなった。


「このルートの先にあるのは、ただの発電所じゃない。……『天使』の養殖場ファームだぞ」


 空気が凍りついた。  天使の、養殖場?  人間を襲う怪物が、アガルタによって管理・生産されているというのか?


「……どういうことだ、ヴァネッサ」 「そのまんまさ。アガルタの奴らは、地下の人間を恐怖で支配するために、定期的に地上へ『天使』を放ってるんだよ。……マッチポンプってやつさ」


 吐き気がした。  ゼルマンの狂気だけじゃない。アガルタという都市そのものが、巨大な欺瞞の上に成り立っていたのだ。


 横で聞いていたアイリスが、静かに立ち上がった。  その髪には、子供にもらった造花がまだ挿さっている。


「……許容範囲を超えています。子供たちの未来を脅かす脅威は、根本から排除デリートする必要があります」 「ああ、同感だ」


 俺はヴァネッサを睨み据えた。


「やるぞ、ヴァネッサ。その養殖場をぶっ潰して、アガルタの嘘を白日の下に晒してやる。……手を組めるか?」


 ヴァネッサはニヤリと笑い、煙を吐き出した。


「いい度胸だ。……気に入ったよ、地獄の底まで付き合ってやる」


 固い握手。  鉄屑の揺り籠の中で、革命の火種が静かに燃え上がった。

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