聖夜のカジノで
前書き
女騎士アリアの旅は、今日も今日とて続いている。人々の心を温める優しい夜を過ごした「Bar The Serenity」での出会いは、彼女にとって忘れられない思い出となっていた。しかし、平穏な日常は長くは続かない。路地裏のバーで交わされた、ある一つの話題が、彼女たちを思いもよらない場所へと導く。剣を置いたアリアが次に挑むのは、魔物でも山賊でもない、運と心理が渦巻く、カジノという名の戦場。そして、そこで彼女は、遠い昔、旅路の始まりを共にした盟友と、奇跡の再会を果たす。これは、優しい人々がカジノで繰り広げる、奇妙で、そして笑いに満ちた一夜の物語である。
アリアは再び、商業都市に立ち寄っていた。彼女の足は自然と、あの路地裏へと向かう。「Bar The Serenity」の扉を開けると、マスターのエドガーが、いつものように優しい笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい、アリアさん。お久しぶりです。またお会いできて嬉しいですよ」
「エドガーさん、お久しぶりです。また、このカクテルを…」
アリアは、カウンターの席に座り、琥珀色のカクテルを注文した。グラスを傾けていると、店の扉が開き、ルイスとソフィアがやってきた。彼らも、アリアの姿を見て、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「アリアさん! また会えて嬉しいです!」
「お元気でしたか? 旅は順調ですか?」
アリアは、二人に旅の報告をした。ルイスは、孤児院の子供たちのこと、ソフィアは、病院の老婦人のことを楽しそうに話してくれた。
「…そういえば、皆さん。最近、この町に、カジノができたそうですね」
アリアが、そう言うと、ルイスとソフィア、そしてエドガーは、一斉に顔を見合わせた。
「ああ、そうなんだ。なんでも、町の中心部に、とても大きなカジノができたらしい」
ルイスが、そう言った。
「私も、噂は聞きました。なんでも、夜な夜な、多くの人々が、一攫千金を夢見て、カジノに集まっているとか…」
ソフィアが、少し心配そうな顔で言った。
「…カジノか。私は、行ったことがありませんが…」
アリアは、少し興味を持った。
「…そういえば、みんなで行ってみないか?」
エドガーが、突然、そう言った。アリア、ルイス、ソフィアは、エドガーの言葉に、驚きに目を見開いた。
「え、エドガー…? 本気ですか?」
「ああ。せっかく、アリアさんが来てくれたんだ。みんなで、何か、楽しいことをしたいじゃないか」
エドガーは、にこやかに言った。ルイスとソフィアは、少し戸惑っていたが、エドガーの言葉に、心を動かされたようだ。
「…そうですね。たまには、息抜きも必要かもしれません」
「私も、行ってみたいです!」
ルイスとソフィアは、カジノに行くことに、賛成した。アリアも、彼らの楽しそうな姿を見て、心が躍った。
「…では、私も、ご一緒させてください!」
アリアは、そう言って、笑顔を見せた。
次の日の夜、アリア、エドガー、ルイス、ソフィアの四人は、カジノへと向かった。カジノは、町の中心部にあり、豪華な装飾が施されていた。扉を開けると、目の前には、煌びやかな光と、熱気あふれる喧騒が広がっていた。
「うわぁ…! すごい…!」
ソフィアは、カジノの雰囲気に、圧倒されていた。
「これでは、まるで別世界だ…!」
ルイスも、カジノの豪華さに、驚きを隠せないようだった。
「皆さん。せっかく来たんだ。楽しんでいきましょう!」
エドガーは、そう言って、みんなをカジノへと誘った。アリアたちは、カジノの中を歩き、様々なゲームを見て回った。
「おや…? あれは…?」
アリアは、カジノの一角で、見慣れた顔を見つけた。そこには、パン職人のフレッドとルパンがいた。彼らは、ルーレット台で、楽しそうに遊んでいた。
「フレッドさん! ルパンさん!」
アリアが、声をかけると、二人は、アリアたちの姿に気づき、駆け寄ってきた。
「アリアさん! 皆さん! なぜ、ここに…!?」
ルパンは、驚きに目を見開いた。
「私たちは、カジノができたと聞いて、遊びに来たんです」
アリアが、そう言うと、フレッドは、にこやかに言った。
「ほう。それは、奇遇だな。私たちも、パン屋の定休日でな。たまには、息抜きをしようと思って、来たんだ」
フレッドは、アリアたちの姿を見て、嬉しそうだった。そして、フレッドは、アリアの隣にいた、一人の男に、気づいた。
「おや…? もしかして、君は…?」
フレッドが、そう言うと、男は、にこやかに言った。
「ご無沙汰しております、フレッド様」
その男は、ロドリゴだった。そして、彼の隣には、メリーがいた。
「メリーさん! ロドリゴさん!」
アリアは、二人の姿に気づき、駆け寄った。
「アリアさん! お久しぶりです!」
メリーは、アリアの姿を見て、嬉しそうだった。
「メリーさん。なぜ、ここに…?」
アリアが、尋ねると、メリーは、少し恥ずかしそうに言った。
「その…ロドリゴが、どうしても、カジノに行ってみたいって言うので…」
メリーは、ロドリゴの方を見た。ロドリゴは、メリーの言葉に、顔を赤くして、言った。
「姉さん! そんなこと、言わないでくださいよ…!」
アリアは、二人の様子を見て、微笑んだ。彼女は、このカジノに、多くの知り合いが集まっていることに、少し驚いていた。
そして、アリアは、メリーの隣にいた、一人の女性に、気づいた。その女性は、ローラだった。
「ローラさん! お久しぶりです!」
アリアが、声をかけると、ローラは、アリアの姿に気づき、駆け寄ってきた。
「アリアさん! お久しぶりです!」
ローラは、アリアの姿を見て、嬉しそうだった。
「ローラさん。なぜ、ここに…?」
アリアが、尋ねると、ローラは、少し戸惑った顔をした。
「その…私は、ロドリゴさんのことが…」
ローラの言葉に、ロドリゴは、顔を赤くして、言った。
「ローラさん! それは、僕の姉さんですよ!」
アリアは、二人の様子を見て、微笑んだ。彼女は、このカジノに、多くの知り合いが集まっていることに、少し驚いていた。
その時、アリアは、もう一人、見慣れた人物を見つけた。銀色の髪に、青い瞳を持つ、息をのむほど美しい女性だった。彼女は、カジノの喧騒とは無縁の、冷静な表情でポーカーテーブルを見つめている。アリアは、その女性の姿を見て、ハッとした。
「…エミリア…!?」
アリアは、その女性の名前を、叫んだ。女性は、アリアの言葉に、ハッと顔を上げた。
「…アリア…!? なぜ、ここに…!?」
エミリア、彼女は、グィネスバルトの街で出会い、共に戦った仲間の1人だ。A級冒険者の彼女は魔法剣士というジョブらしく剣ができて回復魔法も攻撃魔法も得意というオールラウンダーだ。
「エミリア…! お久しぶりです!」
アリアは、エミリアに、駆け寄った。エミリアも、アリアの姿を見て、嬉しそうだった。
「アリア…! 元気そうで、よかった…!」
二人は、再会を喜び合った。
「エミリアさん。なぜ、ここに…?」
アリアが、尋ねると、エミリアは、にこやかに言った。
「私は、A級冒険者として、遠方への護衛依頼を受けていたんだ。その帰り道で、この街に立ち寄ってみたんだ」
エミリアは、アリアに、そう言って、にこやかに微笑んだ。アリアは、エミリアの姿を見て、胸が熱くなった。
「エミリア…!遠方への護衛依頼って……すごい…!」
「ふふ、あなたも元気そうで、よかった。…それにしても、みんな、カジノに集まってくるなんて、面白い偶然ね」
エミリアは、アリアたちの仲間たちを見て、微笑んだ。
アリアたちが、カジノで楽しんでいると、一人の男が、エドガーに話しかけてきた。彼の名前は、ジャック。彼は、このカジノで有名な、イカサマ師だった。
「おや、マスター。君も、ここにいたのか」
ジャックは、エドガーに、にこやかに言った。しかし、その目は、全く笑っていなかった。
「ジャック…」
エドガーは、ジャックの姿を見て、顔を曇らせた。
「マスター。どうしたのですか? ジャックさんとは、知り合いなのですか?」
アリアが、尋ねると、エドガーは、悲しそうな顔で言った。
「ああ…ジャックは、かつて、私の弟だった男だ」
アリアは、エドガーの言葉に、驚きに目を見開いた。
「…弟…!?」
ジャックは、エドガーの言葉を、鼻で笑った。
「ふん。弟だと? 僕は、君のような、つまらない男とは、兄弟ではない」
ジャックは、エドガーに、そう言って、ポーカーのテーブルへと向かった。そのポーカーテーブルには、偶然にも、エミリアが座っていた。彼女は、静かにジャックの様子を観察している。
「エドガーさん…! どういうことですか?」
アリアが、エドガーに尋ねると、エドガーは、悲しそうな顔で、ジャックの過去を話した。
「ジャックは、かつて、私と同じ、王国の宮廷料理人だった。しかし、彼は、自分の腕に、過信しすぎて、王様に、勝負を挑んだのだ」
エドガーは、涙ぐみながら、話を続けた。
「ジャックは、王様との勝負に負け、宮廷を追放された。そして、彼は、自分の才能を、イカサマに使うようになったのだ」
アリアは、エドガーの話に、胸が締め付けられる思いだった。ジャックは、自分の才能を、間違った方向に使ってしまった。
その時、ジャックが、エドガーに、挑発的な言葉をかけた。
「おい、マスター。君も、ポーカーでも、どうだ? 君の、つまらないカクテルと違って、ポーカーは、勝負だぜ?」
ジャックの言葉に、エドガーは、静かに言った。
「…ジャック。私は、お前とは、勝負はしない」
「なんだ? 怖気づいたか? やはり、君は、つまらない男だ…!」
ジャックは、エドガーを挑発し続けた。しかし、エドガーは、ジャックの挑発に乗らなかった。
その時、アリアが、エドガーの隣に立ち、ジャックに向かって、言った。
「ジャックさん。エドガーさんと、勝負をしたいなら、私と、勝負してください」
アリアの言葉に、ジャックは、驚きに目を見開いた。
「お前…? 騎士のお嬢さんが、僕と、ポーカーで、勝負だと? 笑わせるな…!」
「笑わせるなら、笑ってください。しかし、私と、勝負してください。もし、私が、あなたに勝ったら、あなたは、イカサマをやめてください」
アリアの言葉に、ジャックは、少し考えた後、ニヤリと笑った。その横で、エミリアは、静かにアリアの覚悟を測るように見つめていた。
「…いいだろう。しかし、僕が勝ったら、君の、大切なものを、一つ、もらうぜ?」
ジャックの言葉に、アリアは、覚悟を決めた。
「…わかりました。勝負、しましょう」
アリアとジャックの、ポーカー対決が始まった。しかし、ジャックは、イカサマ師だ。アリアは、彼のイカサマに、苦戦を強いられた。
その時、エドガーが、アリアに、耳打ちした。
「アリアさん。ジャックのイカサマは、カードの裏に、小さな傷をつけていることです。その傷を見れば、どのカードが、ジャックの手にあるか、わかります」
アリアは、エドガーの言葉に、ハッとした。そして、彼女は、ジャックのイカサマを、見破った。
「…ジャックさん。あなたの手札には、ハートのエースがありますね」
アリアの言葉に、ジャックは、驚きに目を見開いた。
「な、なぜ…!?」
「…エドガーさんが、教えてくれました。あなたのイカサマは、カードの裏に、小さな傷をつけていることだと」
アリアは、ジャックに、そう言った。ジャックは、観念したように、うなだれた。
「…僕の負けだ…」
ジャックは、そう言って、アリアに、にこやかに微笑んだ。
優しい嘘と真実のどんでん返し
ジャックは、アリアとの約束通り、イカサマをやめることを誓った。アリアは、ジャックの姿を見て、安堵の息をついた。
「…エドガーさん。よかったですね…」
アリアが、エドガーに、そう言うと、エドガーは、悲しそうな顔で言った。
「…アリアさん。私とジャックは、兄弟ではありません」
アリアは、エドガーの言葉に、驚きに目を見開いた。
「…え…?」
「実は、ジャックは、私の兄です。そして、ジャックは、かつて、王国の宮廷料理人だった。しかし、彼は、自分の腕に、過信しすぎて、王様に、勝負を挑んだのだ」
エドガーは、涙ぐみながら、話を続けた。
「ジャックは、王様との勝負に負け、宮廷を追放された。そして、彼は、自分の才能を、イカサマに使うようになったのだ。私は、そんなジャックを、見捨てることができなかった。だから、私は、ジャックを助けるために、兄弟という嘘をついたのです」
アリアは、エドガーの言葉に、胸が締め付けられる思いだった。エドガーは、ジャックを救うために、優しい嘘をついたのだ。
その時、ジャックが、エドガーに、にこやかに言った。
「おい、エドガー。いつまで、そんな嘘をついているんだ? 僕は、君の弟じゃない。君は、僕の兄だろう?」
ジャックの言葉に、エドガーは、驚きに目を見開いた。
「…ジャック…!?」
「エドガー。ありがとう。君のおかげで、僕は、目が覚めたよ。もう、イカサマはしない。君のバーで、また、働かせてもらえないか?」
ジャックは、エドガーに、そう言った。エドガーは、涙を流しながら、ジャックを抱きしめた。
「…ジャック…! もちろん、いいさ…!」
アリアは、二人の姿を見て、心が温かくなるのを感じた。
「…しかし、エドガーさん。あの時、あなたが、私に教えてくれた、ジャックのイカサマは、本当のことだったのですか?」
アリアが、エドガーに尋ねると、エドガーは、にこやかに言った。
「ああ。あれは、本当のことだ。私は、ジャックのイカサマを、昔から、知っていたからな」
「そうだったのですね…」
アリアは、エドガーの言葉に、安堵の息をついた。
その時、ポーカーテーブルに座っていたエミリアが、静かに立ち上がり、アリアたちに近づいてきた。
「…アリア。あなたの推理は、見事でした。しかし、一つだけ、勘違いしているわ」
エミリアは、アリアの耳元で、そっと囁いた。
「この町で、一番のポーカーの腕を持つのは、あのジャックでも、私でもない…」
アリアは、エミリアの言葉に、息をのんだ。
「…それは…誰…?」
エミリアは、にこやかに微笑んだ。
「それは、あの…フレッドよ。彼は、ルーレットで遊んでいたけれど、もしポーカーをしていたら、ジャックも、私も、勝てなかったでしょうね」
アリアは、エミリアの言葉に、驚きを隠せなかった。彼女は、フレッドの姿を、改めて、見つめた。
「…フレッドさん…?」
フレッドは、ルーレットで、大儲けし、ルパンと、嬉しそうに、ハイタッチをしていた。
「…まさか…」
アリアは、フレッドの姿を見て、微笑んだ。彼女は、このカジノでの一夜が、忘れられない思い出となることを、確信した。
後書き
女騎士アリアの旅は、カジノでの、奇妙で、そして笑いに満ちた一夜を終えた。ジャックとエドガーの和解、そして、フレッドの意外な才能。アリアは、このカジノでの経験から、人々の温かさと、そして、心の強さを学んだ。
彼女は、剣を振るうことだけが、騎士の仕事ではないと知った。そして、直感という名の武器が、どれほど強力なものなのかも知った。
アリアは、カジノで出会った仲間たちに別れを告げ、再び、独り旅へと向かう。彼女の心の中には、バーの仲間たちの笑顔と、そして、彼らの温かさが、深く刻まれていた。
そして、遠い町の「Bar The Serenity」では、今日も、エドガーとジャックが、仲良く、カクテルと料理を提供していた…。




