自慢好きの転生者
女騎士アリアの独り旅は続く。日々の鍛錬と魔物との戦い、そして人助け。それが彼女の旅の日常だ。しかし、時には思いもよらない出会いが、旅のスパイスとなることもある。これは、そんなありふれた日常に、突如として割り込んできた、奇妙な男との物語である。
旅の途中、アリアは小さな港町にたどり着いた。名物は海の幸と、なぜか異様に賑わう酒場だ。夜になり、アリアは疲れた体を休めるため、その酒場を訪れた。
「いらっしゃい、お嬢さん。一人かい?」
カウンターで老マスターが話しかけてくる。
「ええ。この町の酒は初めてですが、おすすめはありますか?」
「それなら、うちのオリジナルエールが最高さ。今日は特別な日だからな」
そう言ってマスターが差し出したのは、琥珀色に輝く、芳醇な香りのするエールだった。一口飲んで、アリアは思わず息をのんだ。
「これは…!」
「だろ? この町では『奇跡のエール』って呼ばれてるんだ」
隣の席で、男が偉そうに話しかけてきた。派手な色の服を着て、髪もきっちり整えられている。その目には、人を小馬鹿にしたような傲慢な光が宿っていた。
「奇跡のエール…? とても美味しいですが」
「ふん、この程度のものは、俺にかかればいつでも作れるさ」
男はグラスを掲げ、得意げに笑った。
「俺は、この世界に転生してきたんだ。神様からチート能力を授かってな。この町の酒や食い物も、俺が少し手を加えただけで、めちゃくちゃ美味くなったんだぜ」
アリアは眉をひそめた。転生者? チート能力? それがどうしたというのだ。
「転生…ですか」
「そう! 向こうの世界じゃ、俺はただのサラリーマンだった。けど、こっちに来たら、俺はなんでもできる! 俺のチート能力は、なんでも思いのままに操作できる能力なんだ! まぁ、主に可愛い子を口説いたり、美味しいものを食べたりするのに使ってるけどな」
男はさらに自慢話を続けた。自分の能力がいかにすごいか、いかにこの町の人々を驚かせたか。その話は、どれもこれも自分の欲望を満たすためだけに能力を使っていることばかりだった。
アリアは我慢の限界だった。この男の自慢話と、傲慢な態度に、彼女の心は次第に冷えていった。
「失礼ですが、あなたは…」
「俺か? 俺はレオナルド・フォン・ヴィンチ。通称レオって呼んでくれ」
「レオナルドさん。あなたは、その能力を、なぜもっと人々のために使わないのですか?」
アリアの言葉に、レオは鼻で笑った。
「は? なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだ? 俺は俺の好きなように生きてるんだよ。それに、この町の人たちは、俺が作った美味しい酒と料理で十分満足してるさ」
「満足している…? それは、あなたが一方的に与えた、まがい物の満足ではありませんか?」
アリアは立ち上がった。彼女の目には、強い意志の光が宿っていた。
「力とは、人々を守るために使うものです。あなたのような、自分の欲望を満たすためだけに力を使う者は、いずれその力に溺れ、破滅します」
レオは呆れたように肩をすくめた。
「何だよ、急に説教か? 俺は別に悪いことしてるわけじゃないだろ?」
「悪いことではない、と? あなたは、自分の快楽のために、他者の心をもてあそんでいるのです。それは、ある意味、魔物よりもたちが悪い」
アリアの言葉は、まるで鋭い剣のようだった。レオの顔から、笑顔が消えた。
「おい、いい加減にしろよ。俺はあんたに説教される筋合いはない!」
「筋合いがない、と? あなたは、この町の平和を、あなたの欲望のために脅かしているのです。私は、女騎士として、それを見過ごすことはできません」
アリアは腰に下げた剣に手をかけた。レオは顔を青くした。
「ま、待てよ! 剣を抜く必要はないだろ!」
「あなたは、自分の力を過信しすぎています。あなたのような者は、一度、痛い目を見ないとわからない」
アリアは、レオのチート能力に興味があった。それがどんなものなのか、そして、それをどうやって打ち破るのか。彼女の冒険心が、再び燃え上がった。
エピソード2:チート能力の限界
翌日、アリアはレオの自慢の能力を試すべく、彼に勝負を挑んだ。
「勝負…だと? 俺に勝てるわけないだろ。俺はなんでも思いのままに操作できるんだぜ?」
レオは相変わらず傲慢だったが、アリアの剣の腕を見て、少しばかり警戒しているようだった。
「その『なんでも』、どこまで通じるのか、試してみましょう」
勝負の舞台は、町の広場になった。多くの町人が集まり、女騎士と転生者の勝負を見守っている。
「ルールは簡単だ。俺の能力を打ち破ってみせろ。打ち破れなかったら、俺のいうことを聞いてもらうぜ」
レオは不敵な笑みを浮かべた。彼の能力は、物の形を変えたり、空中に浮かばせたり、様々なことができる。しかし、それはあくまで物理的な現象に限られるようだ。
「では、始めましょう」
アリアは剣を構えた。レオは能力を発動し、地面の石をアリアに向かって飛ばした。
「はぁ!」
アリアは素早い動きで石をかわし、レオに迫る。レオはさらに、広場の噴水から水を操り、アリアに浴びせかけた。
「うわっ!」
アリアはなんとか水しぶきを避け、レオとの距離を詰めていく。
「くそっ、なんで効かないんだ!?」
レオは焦り始めた。彼の能力は、アリアの素早い動きには追いつけないようだ。そして、何よりも、彼の能力は、アリアの精神力には干渉できない。
アリアは、レオの能力の弱点を見抜いていた。彼の能力は、あくまで物理的なものに限られる。そして、彼の精神力は、アリアのそれとは比較にならないほど弱い。
「勝負あったな」
アリアは一気に距離を詰め、レオの首元に剣の切っ先を突きつけた。
「ま、待ってくれ! 降参だ! 降参!」
レオは震えながら、両手を上げた。
「私の勝ちですね」
アリアは剣を鞘に納めた。周りの町人たちは、拍手喝采を送った。彼らは、レオの傲慢な態度にうんざりしていたのだ。
「一体、どうやって…?」
レオは信じられないといった表情でアリアに尋ねた。
「あなたの能力は、あくまで物理的なものに限られる。そして、あなたの精神は、鍛え抜かれた私の精神には及ばない。だから、あなたの能力は、私には通用しなかったのです」
アリアは、淡々と答えた。レオは、自分の能力が万能ではないことを、初めて知ったのだった。
- 本当のチート能力 -
勝負に負けたレオは、すっかり意気消沈していた。アリアは、そんな彼を放っておけなかった。
「レオナルドさん。あなたは、その能力を、もっと有意義なことに使ってみませんか?
「有意義なこと…?」
「はい。例えば、この町の水路を整備したり、作物を育てやすくしたり…」
レオは、アリアの言葉に考え込んだ。
「そんなこと、俺にはできないよ…」
「なぜですか? あなたには、そのための力がある」
「だって…俺は、今まで自分のためだけに生きてきたんだ。他人のために、なんて…」
レオの言葉は、弱々しかった。アリアは、彼の心の中にある、本当の弱さを見抜いていた。
「他人のために生きることは、あなた自身の喜びにもつながるはずです」
アリアは、レオの背中を優しく押した。
「あなたの能力は、確かにすごい。でも、本当の『チート能力』は、人を助けること、人々を笑顔にすることだと、私は思います」
レオは、アリアの言葉に、目から鱗が落ちたような顔をした。彼は、今まで自分のことばかり考えていたが、アリアの言葉を聞いて、初めて他者のことを考えたのだ。
「…そうか。俺は、ずっと勘違いしていたのかもしれない」
レオは、立ち上がった。彼の目には、今までとは違う、強い光が宿っていた。
「アリア! 俺、やってみるよ! 俺の能力で、この町を、もっともっと良くしてみせる!」
レオは、アリアの言葉を胸に、新たな一歩を踏み出した。彼は、自分の能力を、人々のために使い始めたのだ。
数日後、アリアは町を出発する準備をしていた。レオは、彼女を見送りに来てくれた。
「アリア、本当にありがとう。君のおかげで、俺は変わることができた」
「いえ、これも旅の縁です。レオナルドさん、あなたがこの町を、より良い場所にすることを願っています」
アリアは、笑顔で答えた。レオも、笑顔で彼女に手を振った。
「そういえば、アリア。君に一つ、伝えたいことがあるんだ」
レオは、何かを思い出したように言った。
「なんでしょう?」
「俺の能力は、実は、他人の欲を満たすこともできるんだ。そして、その欲が、スケベなことであればあるほど、その能力は強力になるんだ」
アリアは、目を丸くした。
「な、なんですって!?」
「だから、君が…」
レオは、アリアに近づき、耳元でささやいた。
「僕と旅をしてくれたら、君のスケベな欲も、全部叶えてあげるよ…」
アリアは、顔を真っ赤にした。彼女は、レオの言葉を理解するのに、少し時間がかかった。
「な、なななななななななな、なななななななななななな、何を言っているんですか、あなたは!!!」
アリアは、これまでにないほどに動揺した。彼女は、レオの言葉が、冗談ではないことを直感した。
「ふふん、驚いただろ? これが、俺の本当のチート能力さ。そして、もう一つ…」
レオは、さらにアリアに近づいた。
「実は、俺は、この世界の魔王なんだ。」
アリアは、その言葉に、絶句した。
「え…?」
「そして、俺の能力は、人々の欲望を具現化することなんだ。アリア、君は、俺の能力を打ち破った。つまり、君は、俺の能力を無効化できる、唯一の存在なんだ」
レオは、不敵な笑みを浮かべた。
「だから、俺と一緒に来てくれ。君がいれば、俺は、世界を支配できる。いや、支配しない。なぜなら、俺は、この世界を、君の欲望が満たされる世界に変えてやるんだ!」
アリアは、混乱していた。この男は、ただの自慢好きの転生者ではなかった。彼は、この世界の魔王で、そして、彼女の欲望を具現化できる能力を持っていたのだ。
「…私は、あなたを、倒さなければならない」
アリアは、再び剣に手をかけた。
「フフフ、無駄だよ、アリア。君の心には、たくさんの欲望がある。それを、俺は、全て具現化してやる」
レオの目が、赤く光った。彼の能力が、再び発動しようとしていた。
「いや、違う!」
アリアは、叫んだ。
「私の欲望は、そんなものではない! 私の欲望は…」
アリアは、レオの能力に打ち勝つため、自分の欲望を、声に出して叫んだ。
「私の欲望は、人々を守ること! 魔王を倒すこと! そして、この世界を平和にすることだ!!」
アリアの言葉は、レオの能力を打ち破った。彼女の純粋な欲望は、レオの能力を上回ったのだ。
レオは、驚きと悔しさに顔を歪ませた。
「な…馬鹿な! そんな、そんな馬鹿なことが…!」
「あなたの能力は、私の心には通用しません。私の心は、人々への愛と、平和への願いで満たされている!」
アリアは、剣を抜き放ち、レオに斬りかかった。レオは、能力を使おうとするが、アリアの精神力の前には、彼の能力は発動しない。
「うわあああああああああああああああああ!!!!」
アリアの一撃が、レオを貫いた。レオは、光の粒子となって消えていった。
女騎士アリアの独り旅は続く。彼女は、また一つ、大きな試練を乗り越えた。しかし、彼女の心の中には、レオが残した言葉が、深く刻まれていた。
「君のスケベな欲も、全部叶えてあげるよ…」
アリアは、その言葉を思い出すたびに、顔を真っ赤にして、旅を続けた。彼女の旅は、まだまだ終わらない。
そして、遠い空の向こうで、新たな魔王が、静かに目覚めようとしていた…




