少年と隣人編 第1話「喫茶店にて、隣人は吸血鬼?」
曇り空の町。旅の途中でアリアは喫茶店に入った。
コーヒーの香りの中、隣の席で若い男が熱弁をふるっていた。
「信じてくれよ!俺の隣に越してきた男、絶対に吸血鬼なんだ!」
友人らしき二人は苦笑しながらパンをかじる。
「はいはい、夜更かし好きな変人だろ」
「いや、マジで!昼間カーテン閉めっぱなし、夜中は誰か連れ込んでる!」
アリアは真顔でカップを置いた。
「……ただの夜型人間ではないのか?」
「違う!俺はこの目で見たんだ!牙みたいなやつも!」
「……お前、隣人を追い回してないか?」
「違う!これは真実を暴くための正義の行為だ!」
(――どう見てもストーカーだ)
アリアは外套の襟を正し、深い息を吐いた。
「まあいい。人が怪我する前に、一度調べてみるのは筋だろう」
友人二人は呆れ顔。だが若者は大喜びで、アリアを“協力者”とみなした。
喫茶店の主人はぼそりと呟いた。
「騎士様まで巻き込むとはな……」
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第2話「真夜中の調査」
夜。
アリアは若者に連れられて、例の隣人宅へ。
カーテンの隙間から灯り。
窓辺には瓶が並び、中に赤い液体が満ちていた。
「見ろ!血だ!」
若者が声を潜めて叫ぶ。
アリアは眉を寄せ、扉を叩いた。
やがて現れたのは、青白い顔の中年男――隣人。
「な、何かご用ですか?」
「こちら、血の瓶は?」アリアは率直に問う。
男は目を瞬かせ、やがて恥ずかしそうに答えた。
「わ、私は錬金術師でして。血液保存の研究を……。病に効くとされる古代処方を試しているのです」
部屋の隅には薬草と器具、学術書の山。
若者は口を開けて固まった。
「……ワインじゃなくて、薬……?」
「もちろん、飲んだりはしません」
「……」
アリアは腕を組み、静かに頷いた。
「疑念は晴れた。――やや怪しい趣味だが、無害だ」
若者は不満げに「でも絶対怪しい……!」と呟くが、酒場で待っていた人々は大笑いした。
「おいおい、ただの学者じゃないか!」
「まったく、大げさに騒ぎやがって!」
誰かが樽を叩き、酒が注がれる。
アリアも真顔のまま一口だけ盃を受けた。
(……これで一件落着だ)
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第3話「ハッピーエンドのあとで」
翌日。
町はすっかり平和を取り戻し、昨夜の酒盛りの話で笑い合っていた。
若者も友人たちに冷やかされ、「いや〜俺も早とちりだったかもな!」と頭をかいた。
アリアは外套を整え、旅立ちの支度をした。
「――ほどほどを守れば、町も安泰だ」
喫茶店の主人が笑顔でコーヒーを差し出し、みなで乾杯。
空気は和やか、大団円。
*
その夜。
町外れの林道を、一台の馬車が通りかかった。
月明かりの下、影がふいに飛びかかる。
御者が叫び声を上げた瞬間、赤い瞳が闇に浮かび、白い牙が光った。
――隣人の男だった。
彼は血の瓶を傾け、月に乾杯するように嗤った。
「……やれやれ。もう一晩、もたせてもらおう」
暗闇に馬の悲鳴。
そして遠くで、あの若者の声が響いた。
「だから言っただろーーーっ!!!」
幕。




