「治るもの、残るもの」
ルーンブルク施療院
施療院の中は、外よりも静かだった。
声は落とされ、足音は柔らかく吸われる。
白い石壁に刻まれた魔法陣が、一定の拍で淡く光っている。
ダロッゾは、奥の診察台へ通された。
腕の簡易固定が外されると、施療師たちの空気が一段、引き締まる。
「……爪痕が深い」
年配の施療師が、淡々と告げた。
「骨の再生は可能です。
神経も、繋げられます」
一拍。
「ただし――
完全な力の戻りは、望めません」
リカルゾが、思わず口を開く。
「治るって言ったじゃねぇか……!」
施療師は首を横に振らない。
だが、視線は逸らさない。
「“生活に支障はない”という意味で、治ります。
“以前と同じ”には、戻らない」
ダロッゾは、低く息を吐いた。
「……それでいい」
フェルナが、静かに言う。
「よくはありません。
でも――受け入れます」
施療師は、短く頷いた。
「それが、最善です」
⸻
隣の区画では、ミャラが診察を受けていた。
傷はない。
だが、施療師はすぐに魔力を触らせなかった。
「……音に、過敏ですね」
ミャラは、ぎゅっと尻尾を抱える。
「……うるさいと……体が、先に……」
シルが、そっと肩に手を置く。
「大丈夫。
“戻り道”が、まだ体に残ってるだけ」
施療師は、穏やかに言った。
「時間で薄れます。
焦らせないでください」
ミャラは、小さく頷いた。
⸻
廊下の向こう。
別の施療区画から、柔らかな光が溢れていた。
数段階、質の違う魔力。
回復というより――修復。
フェルナは、自然と視線を向ける。
(……あちらは)
そのとき、アリアが歩み寄った。
「……マイケルです」
フェルナは、問い返さない。
「治りますか」
「はい」
即答だった。
フェルナは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「……そうですか」
それ以上、言葉はいらなかった。
⸻
治療が一段落した頃。
施療院の回廊で、二つの“外来者”が交差した。
フェルナ隊が、ベンチで短い休息を取っているところへ、
アリアが一人で現れる。
その後ろ――
歩行補助具を使いながら、男が続いた。
マイケル・ローガン。
目つきが、鋭い。
だが、ここでは武器にならない視線だ。
彼は、フェルナたちを一瞥し、低く言った。
「……あんたらが、地下組か」
グレイが肩をすくめる。
「まあな。
あんたは?」
「地上組。
――元、な」
短い沈黙。
不思議と、空気は荒れなかった。
フェルナが、礼を取る。
「フェルナです。
地下探索隊の指揮を」
マイケルは、アリアを一度だけ見てから答えた。
「マイケル。
……助かった」
それだけで、十分だった。
⸻
アリアは、全員を見渡す。
包帯。
固定具。
疲労。
そして――目。
「……私は、もう少し地上にいます」
フェルナは、すぐに理解した。
「治療が、完全に終わるまでですね」
「はい」
アリアは、はっきりと言った。
「でも――
地下は、止めません」
フェルナの口元が、わずかに緩む。
「ええ。
私たちも、止まりません」
ミャラが、そっと言う。
「……待ってます。
戻ってくるの」
アリアは、頷いた。
「必ず」
⸻
夜。
施療院の外。
ルーンブルクの灯りが、静かに揺れている。
アリアは、城壁の上で立ち止まった。
(……治るものと、残るもの)
どちらも、選んだ結果だ。
刀に、そっと触れる。
抜かない。
だが――
戻る場所が、二つになった。
地下と、地上。
守るものが、増えた。
アリアは、静かに息を吸った。
「……次は、私が降りる番ですね」
⸻
◆次回
地下編・再開
『降下 ― 合流する理由』
・フェルナ隊、再編成
・30階層の“痕”が残る戦力評価
・そして――ダンジョンへ




