北行編その42 『帰還 ― 世界を越える理由』
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◆1 最後の確認
トロント市内、医療施設の深夜。
病室の照明は落とされ、機械の音だけが一定の間隔で響いている。
窓の外では、夜の街が相変わらず忙しなく光っていた。
アリアは、マイケルのベッド脇に立っていた。
「……本当に、やるんだな」
マイケルの声は、まだ少し掠れている。
「はい」
短く、迷いのない返事。
「戻れなくなる可能性は?」
「ゼロではありません」
「即答かよ」
「嘘は言いませんから」
マイケルは、ふっと息を吐いた。
「相変わらずだな。
合理的で、無茶で、……優しい」
アリアは首を振った。
「優しさではありません。
判断です」
彼女は一歩下がり、床を見た。
「あなたがこの世界で治らないなら、
治れる世界へ連れて行く。
それだけです」
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◆2 医師たちの沈黙
病室の外。
カナダ側の医師、政府付き医療監督官、
そして一名だけ――“説明役”として残された行政官。
全員が、アリアの前に立っていた。
「……確認します」
行政官が、書類を手に言う。
「この“移送”は、我々の管理下ではありません」
「はい」
「あなたの能力による、不可逆的な事象です」
「はい」
「成功・失敗に関わらず、
我々は介入できない」
「承知しています」
沈黙。
誰も反対しなかった。
それが、答えだった。
(止められない。
そして――止める理由もない)
医師の一人が、低く言った。
「……彼は、ここでは助からない」
それ以上は、誰も言わなかった。
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◆3 準備
アリアは、病室に戻った。
窓際に立ち、深く息を吸う。
(久しぶりだな……この感覚)
地球の空気。
情報が多く、重く、ざらついている。
異世界で門を開くときとは、微妙に違う。
「……ポータルは、どこに開く?」
マイケルが聞いた。
「ルーンブルク郊外です。
医療区画に近い場所」
「便利だな」
「偶然ではありません」
アリアは、ケースから刀を取り出し、
静かに床に置いた。
抜かない。
だが、触媒として必要。
「眩しくなるかもしれません」
「今さらだ」
マイケルは、目を閉じた。
「……頼むぞ」
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◆4 門を開く
アリアは、一歩下がった。
足元の空気が、わずかに歪む。
音はない。
だが、**空間が“引き延ばされる感覚”**が、確かにあった。
(……久しぶり)
彼女は、胸の奥で拍を整える。
剣を抜かない。
言葉も唱えない。
ただ、帰路を指定する。
「――ルーンブルク」
次の瞬間。
病室の中央に、
光でも闇でもない“揺らぎ”が生まれた。
壁でも床でもない。
世界の一部が、静かにめくれる。
医療機器の数値が、一斉に跳ねる。
「……記録、追いつかない」
誰かが、廊下で呟いた。
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◆5 越境
アリアは、マイケルのベッドを押した。
ポータルの縁に触れた瞬間、
空気の質が変わる。
重さが抜け、
音が遠くなる。
マイケルの表情が、わずかに歪んだ。
「……寒い、いや……違うな」
「大丈夫です」
アリアは、はっきりと言った。
「もう、向こう側です」
次の瞬間。
視界が反転し――
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◆6 アリアンロット・首都圏外縁
空は、淡い紫。
高く、静かで、
“世界が呼吸している”色。
草原の向こうに、白い石壁と塔群。
ルーンブルクだ。
空気は澄み、
魔力の流れが、はっきりと感じられる。
「……すごいな」
マイケルが、目を開けた。
「これが……お前の世界か」
「はい」
その瞬間。
近くで、慌ただしい足音。
白衣ではない。
だが、明らかに“医療側”の動き。
「門反応確認!」
「生体搬入、急いで!」
アリアは、短く言った。
「重症患者です。
全回復系の準備を」
その言葉に、周囲の空気が一変した。
「……全回復?」
「エリクサーか、ハイヒールで足りますか?」
「足ります。……たぶん」
「なら、お願いします」
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◆7 世界が違えば、答えも違う
治療区画。
光の陣が展開され、
魔術師たちが一斉に詠唱に入る。
マイケルの体を、柔らかな光が包む。
「……ああ、そうか」
彼が、微かに笑った。
「治る世界って……本当に、あるんだな」
アリアは、ベッド脇に立ったまま言った。
「あります。
だから、連れてきました」
光が強まる。
異常な数値は、次々と消えていく。
医療魔術師が、驚いた声を上げた。
「……腫瘍反応、消失。
組織、完全修復……」
アリアは、静かに目を閉じた。
(……間に合った)
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◆8 地球を離れるということ
治療が落ち着いたあと。
ルーンブルクの夜。
高い塔の灯りが、街を柔らかく照らしている。
アリアは、城壁の外で一人立っていた。
(……地球は、これで一区切り)
すべてが解決したわけじゃない。
だが、戻る理由は果たした。
拒否権。
選択。
帰還。
それらは、すべて一本の線だった。
「……次は」
彼女は、遠くを見る。
「フェルナたち、だな」
ダンジョン。
地下。
別の戦場。
アリアは、刀を取り、軽く柄に触れた。
「待たせすぎました」
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✦ 次回 ✦
異世界編・再開
『地下へ ― 止まっていた時間が動く』
・ルーンブルクでの再会
・フェルナたちの現在地
・そして――再び、ダンジョンへ
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