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女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


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北行編その29 『応答 ― 海の向こうが、先に動く』




◆1 離陸前 ― 速度差


 空港のラウンジは、静かだった。


 モントリオール国際空港。

 早朝便が動き始める前の時間帯。


 アリアは、搭乗口から少し離れた席に座り、コーヒーを手にしていた。


(……早い)


 東ルートを選んでから、まだ半日も経っていない。

 それなのに――すでに「応答」が来ている。


 携帯端末の画面には、未読の通知が三件。


・カナダ政府(形式的な確認)

・英国外務省(移動協力の最終調整)

・そして――欧州圏、非公開回線


 最後の一件だけ、文面が違った。


We acknowledge your decision.

We will move accordingly.


(……“歓迎”じゃない)


 これは宣言だ。

 “あなたが動いたから、こちらも動く”という。



◆2 同行しない護衛


「護衛は、ここまでです」


 エリオットは、搭乗ゲートの手前で足を止めた。


「この先は?」


「“護衛がいる”こと自体が、メッセージになる」


 アリアは頷いた。


(見せない、という選択)


 守る気がないわけじゃない。

 むしろ逆だ。


 “守られていないように見せる”ほうが、抑止になる。


「何かあったら?」


「起きた時点で、もう“次の段階”です」


 エリオットは、はっきり言った。



◆3 空の上 ― 観測される沈黙


 機内は、満席ではなかった。


 ビジネス、観光、仕事。

 目的の違う人間が、同じ空間に収まっている。


 アリアは、窓側の席に腰を下ろし、シートベルトを締めた。


(……誰が見てる?)


 視線を探す必要はない。

 見られていること自体が、前提になっている。


 離陸。


 地面が、ゆっくり遠ざかる。


(国境を越える、っていうより……

 “枠”を越えてる)


 今までは、誰かの管理下にあった。

 今は――管理そのものが、追いついていない。



◆4 最初のズレ


 巡航高度に入ってしばらくした頃。


 アリアは、違和感に気づいた。


(……音が少ない)


 エンジン音は同じ。

 機内アナウンスも、異常なし。


 だが――

 “人の動き”が、少ない。


 通路の先。

 二列前。

 後方。


 視線が、揃いすぎている。


(……同時に“何もしない”判断)


 それ自体が、連携の証拠。


 アリアは、目を閉じた。


(今は、抜かない)


 この場で刃を抜く理由はない。

 理由が生まれるとしたら――着陸後だ。



◆5 着陸前通知


 シートベルト着用のサインが点灯した直後。


 携帯端末が、短く震えた。


 機内モード。

 それでも届く回線。


Arrival protocol adjusted.

Do not leave the designated corridor.


(……調整じゃない。“指定”だ)


 続けて、もう一文。


Your presence has already been noted.


 アリアは、目を開けた。


(先に動いたな)



◆6 地上 ― 迎えは一組だけ


 到着ロビーは、想像より普通だった。


 観光客。

 ビジネスマン。

 疲れた顔の乗務員。


 だが――

 出口の先に立っているのは、一組だけ。


 男女二人。

 制服ではない。

 だが、立ち方が“役人”だ。


「アリア・ヤマギシさん」


 男が、穏やかに声をかける。


「ようこそ。こちらへ」


 アリアは、足を止めなかった。


「どこの国ですか?」


「今は、名乗りません」


「では、行きません」


 一拍。


 女が、わずかに笑った。


「……予想通りですね」


 男が、観念したように言う。


「欧州連合、共同調整室です」


(……“国”じゃない)


 アリアは、一歩だけ近づいた。


「条件は?」


「強制はしません」


「それは、条件じゃない」


「――あなたの次の移動先を、“選べる”状態にします」


 アリアは、少し考えた。


(……悪くない)


「その代わり?」


「あなたが“どこにも属さない”ことを、正式に記録します」


 沈黙。


(……それは、保護でも拘束でもない)


 ただの事実化。


「いいでしょう」


 アリアは答えた。


「ただし――」


 二人が、身構える。


「私の判断を、途中で止めない」


 男は、静かに頷いた。



◆7 動いた理由


 移動中の車内。


 女が、ぽつりと言った。


「……あなたが東を選んだ理由」


「逃げではありません」


「分かっています」


「切るためでもない」


「それも」


 アリアは、窓の外を見た。


「切らずに済む場所が、まだあると思っただけです」


 女は、しばらく黙っていた。


「……それが、一番危険なんですよ」


「承知しています」


 だから、来た。



◆8 応答完了


 建物に入る前。


 携帯端末に、最後の通知が届いた。


Response acknowledged.

Next contact pending.


(……これで、完全に始まった)


 アリアは、刀袋の重さを肩で感じた。


 抜くか。

 抜かないか。


 その判断が――

 今度は、世界単位で記録される。


 扉が、静かに閉まった。



✦ 次回予告 ✦

北行編その30

『記録 ― 刃を抜かなかった瞬間』


・欧州圏の“公式な距離感”

・一国が踏み込めず、別の国が動く理由

・そして――初めて明示される「越えてはならない線」




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