雪嵐と孤立の寄宿舎(第2話)
鐘の音が遠くに響き、白百合女学院の夜は雪の気配で包まれていた。
修繕を終えた外壁を見回りながら、アリアは吐く息の白さを追い、耳を澄ませる。
――雪は深くなる。空気が告げていた。
*
翌朝。
寄宿舎の大広間では、生徒たちが暖炉を囲み、ぎゅうぎゅうに集まっていた。
薪は限られている。火に近い席を奪い合い、笑いながらも誰も譲らない。
「エリナ、あっちで掃除してなさいよ」
「暖炉の近くは“身分が上の子”が使うものだもの」
冷ややかな言葉を浴びても、エリナは背筋を伸ばし、黙って雑巾を手に取った。
その眼差しは屈せず、ただ誇りを保っている。
廊下でそれを見ていたアリアは眉を寄せた。
(子ども同士の小さな残酷さ……だが、彼女は揺らがない)
「……女騎士さん」
エリナがこちらを振り返り、小さく微笑んだ。
「私は大丈夫。誇りを失わなければ、寒さなんて怖くないから」
アリアは言葉を探し、結局ただ頷いた。
*
午後になると、雪雲が厚く垂れ込め、冷たい風が窓を叩いた。
生徒たちがざわつく中、院長が厳しい声で告げる。
「嵐だ。不要な外出は禁ずる。備蓄を切り詰めて今夜を凌ぐ」
やがて――。
どん、と鈍い音。
屋根の一部が雪の重みに耐えられず崩れ、廊下の天井から粉雪が舞い落ちた。
少女たちの悲鳴が響き、混乱が走る。
「静まれ!」
院長の叱責も届かない。
誰もが不安に駆られ、泣き出す子もいる。
その中で、ひとりの声が澄んで響いた。
「落ち着いて!」
エリナだった。
彼女は割れた窓から吹き込む雪風の前に立ち、怯える少女たちを振り返る。
「泣いても雪は止まらない。……でも、私たちにできることはあるわ。
まず年下の子を暖炉の近くへ。毛布を分けて。
大きい子は廊下を塞ぐ家具を運んで!」
少女たちは一瞬呆気にとられたが、すぐにその声に従い始めた。
泣きじゃくる子を抱えて移動する者、椅子を引きずる者。
冷たい院長さえも、その堂々たる姿に口をつぐんだ。
アリアは剣を腰に下げたまま、その光景を静かに見守った。
(――誇り。剣より強いものだ)
*
夜。
嵐は収まらない。
だが寄宿舎の大広間には、暖炉の火と少女たちの団結があった。
普段はエリナを遠ざけていた子どもたちも、彼女の傍に寄り添っている。
「エリナ……ありがとう」
小さな声が漏れた。
エリナは微笑み、揺れる炎を見つめた。
アリアは窓辺に立ち、外の雪に耳を澄ませる。
(この嵐に紛れて、あの“影”が動くかもしれない)
数日前から町で噂されていた“不審者”。
学院を狙って近づく者がいるとギルドの報告にあった。
剣の柄に指を添え、アリアは心に誓う。
(この気高さを汚す者があるなら、必ず退ける)
嵐の夜、学院は孤立していた。
だがその中心に、王女のように気高い少女が立っている。
(第3話「雪明りの誇り」へ続く)




