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女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


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雪の寄宿舎と気高き少女(第1話)



冬の曇り空の下、アリアは冒険者ギルドの木製扉を押した。

中は暖炉の火が赤く、旅人たちの外套から溶けた雪の匂いが漂っている。

掲示板に貼られた依頼票の中に、一枚だけ目に止まるものがあった。


《依頼:寄宿舎〈白百合女学院〉の外壁修繕および夜間見回り》

《報酬:銀貨十枚+宿泊・食事提供》


「……女学院?」

首を傾げたアリアに、受付の女性が笑って声を掛けてきた。

「ちょうどよかった。あなたにお願いしたいんです」


アリアは依頼票を指で叩きながら問い返す。

「なぜ、私に?」


受付嬢は帳簿をめくり、少し誇張した口調で答えた。

「推挙者がいましてね。……A級冒険者エミリアさんです」


「……あの人」

アリアは額に手を当て、小さく溜め息をついた。

彼女とは過去の遠征で顔を合わせている。実力は折り紙つきだが、人に仕事を押しつける癖があるのも知っていた。


「曰く、『アリアなら剣も礼も心得ている。学院相手でも問題ない』と」

受付嬢はからかうように目を細める。

「女学院ですからね、ただの傭兵やならず者は門前払いでしょう?

 礼儀を弁えた騎士様なら安心、とのことですよ」


「……礼儀、か」

アリアはしばらく考え、それから頷いた。

「わかった。受けよう。だがエミリアに会ったら一言は言っておく」



城下の西端、雪の丘を越えると、石造りの立派な寄宿舎が姿を現した。

尖塔と高い塀、白壁に百合の紋章。だが近づけば外壁の一部が崩れかけ、木製の門は雪に軋んでいる。

「確かに修繕が要るな」

アリアは腰の道具袋を確かめつつ、呼び鈴を鳴らした。


ほどなく扉が開き、厳しい顔の院長が現れる。

「あなたが……騎士殿か」

「アリアと申します。ギルドからの依頼を受け参りました」

「ふむ。外壁の補修と、夜間の巡回を頼む。……それと、寄宿生たちの行動に口出しは無用だ」


院長の背後で、何人かの少女が興味津々に覗いていた。

だが院長に睨まれると、蜘蛛の子を散らすように奥へ逃げていく。

アリアは苦笑しつつ頷いた。


(――口出し無用、か。そうはいかないこともあるだろうな)



学院内の一室に通される途中、アリアは廊下の隅で目を止めた。

一人の少女が床に膝をつき、重い薪を抱えている。

年は十二、三。金の髪をリボンで束ね、上品な顔立ちをしているのに、制服は古びてほつれていた。


「エリナ、早くしなさい!」

他の生徒が冷たく言い放ち、笑いながら去っていく。

少女――エリナは黙って薪を抱え直し、堂々と背筋を伸ばした。

目だけは、まっすぐだった。


アリアは思わず声を掛けた。

「その荷を持とう」

「……ありがとう。でも、これは私の役目ですから」


細い肩に似合わぬ重さを負いながらも、エリナは凛としていた。

気高さ――アリアは胸の奥でその言葉を思い浮かべた。



夜。修繕を終えた外壁の下で、アリアは巡回に立っていた。

寄宿舎の窓からは灯がもれ、少女たちの歌声がかすかに聞こえる。

ふと裏庭を見ると、冷たい空気の中でひとり佇む影。

エリナが、月を見上げていた。


「寒いだろう」

「……少しだけ、静かな場所が欲しかったの」

彼女の声は小さいが、澄んでいた。


「あなたは騎士様なの?」

「そう呼ばれている」

「なら、分かるかしら。誇りだけは、誰にも奪えないってこと」


雪の光に照らされたその横顔は、たしかに王女のようだった。

アリアは剣の柄に触れながら、静かに頷いた。


(――なるほど。エミリアが言った通りだ。ここには“守るべきもの”がある)


学院に冷たい風が吹き込む中、女騎士と気高き少女の物語が始まろうとしていた。


(第2話へ続く)


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