表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/666

-港町パルマール編-犬は重要を連呼し、九官鳥はほどほどを叫ぶ

 港町ドリトル事件簿 — 犬は重要を連呼し、九官鳥はほどほどを叫ぶ(長編)


港町〈パルマール〉の朝は騒がしい。

氷の上で桶が鳴り、売り声が行き交い、カモメが「先に味見!」と高らかに宣言しては追い払われる。

そして今日は――犬がやたらと主張していた。


「おい聞いてるか! 重要! 超重要!」

茶色の雑犬が跳ねるたびに「重要!」と吠える。

「港の倉庫で大事件! 魚! 魚! いや、魚じゃない! 旗! いや、やっぱ魚!」

(情報はだいたい途中で揺れる)

アリアは干し果物の紙包みを受け取りながら犬の軌跡を視線で追った。


角の診療所から、白衣がばさっと飛び出す。

「待ちなさーい! 患者さん! ……あ、旅の人ですね! 通訳お願いできますか!」

白衣の人物――獣語医を名乗る男、ドリモン先生。肩に九官鳥、鞄には草と飴。

九官鳥がアリアを見て胸を張った。「通訳! つーやく! だいたいでOK!」

「だいたいはやめてください」

「大体ダメ! ぜったい!」九官鳥は律儀だ。


「先生、何が起きたんです」

「港の倉庫で犬・猫・カモメ・魚が口論開始! “盗み”“誤解”“横流し”だの騒いでいる! 人間まで巻き込み乱戦寸前!」

(横流しは人間の語彙だ)

「急ぎましょう」



倉庫前は戦場の一歩手前だった。

網の山、樽の列、矢印札は倒れ、旗は垂れ、犬と猫がぎゃんぎゃん言い合い、カモメは上空で指示を飛ばし(飛ばすな)、巨大な魚籠ではコイが誇らしげに跳ねている。

「猫が魚盗んだ!」「犬が旗噛んだ!」「カモメが黒幕!」

「黒幕て言うな!」カモメがキレ気味に一周回って着地した。


「静粛に!」

ドリモン先生が両手を広げ、九官鳥が被せる。「静粛! しずしず!」

アリアは外套の襟を正し、まず臭いを吸い込む。魚、油、古い縄――そこに、甘い蜜。

(港で蜂蜜?)


「順に聞きます。事実だけ」

犬が前足を上げる。「俺が昨夜、星三つの時刻に見回ったら、樽の蓋がずれてた! 猫が“ふん”って鼻を鳴らした!」

「“ふん”は主観。蓋がずれていたのは事実?」

倉庫守が頷く。「確かに、朝見たらずれてた」

猫は塀の上でしなやかに尾を振る。「わたしは散歩。魚には飽き飽き。旗が落ちかけてたから、柱に登って直したの」

「猫が旗を直す?」作業員が笑う。

「旗の紐が蜜でべたべた。足が滑る。気持ち悪い。だから直した」

(やはり蜜だ)


アリアは柱に触れて嗅ぐ。蜂蜜の匂い。

「誰が旗に蜜を?」

カモメが胸を張る。「人間! 菓子屋の息子が“来いカモメ”って旗に塗った! ぼくは潔白!」

九官鳥が鋭いツッコミ。「くちばしベタベタ!」

「事故! 罠の被害者!」カモメは目をそらす。


魚籠のコイがぽちゃんと跳ねる。「私は無実! 腹? 指輪を飲み込んだのは認める!」

「どこで?」

「川! 光った! 飲んだ! 反省!」

港の娘が顔を赤くした。「昨夜、恋人と喧嘩して……勢いで投げてしまって……」

ドリモン先生が胸を叩く。「任せて! “逆流反射の安全促進マッサージ”!」

九官鳥が警鐘。「ほどほど! ほどほど!」


アリアは紙を出して項目を書き出す。

《旗の蜜/樽の蓋/指輪》――誰が、いつ、どこで。

「倉庫守、昨夜の見張り名簿。菓子屋へ使いを。桶と清水、お願いします」

紙に要点が載ると、人の声は幾分落ち着く。混線は整理され、主語が減る。


「ではコイさん。水温はぬるめ、桶の角度は低めで」

ドリモン先生が手際よく腹をさすり、九官鳥がカウント。「いち、に、さん!」

コイが口をぱくっと開け――ころん。銀の輪が桶に落ちた。

歓声。

娘は泣き笑いで指輪を握る。「ありがとう……帰って話します。誰のせいじゃなくて、どう直すかを」

「それがいい」アリアは頷く。


犬が胸を張る。「俺の通報、正しかった!」

猫が涼しく言う。「あなたは騒ぎを増幅しただけ」

「空気も混ぜ方次第!」

「混ぜないのが最善」

アリアは割って入る。「犬は矢印札の巡回、猫は旗の見張り。夜、倒れた札を起こす係は犬。猫は監督」

犬は感動で震えた。「重要! 超重要!」

九官鳥が満足げに復唱。「じゅうよー!」



「ひと段落――」とアリアが言いかけたところで、倉庫裏から悲鳴。

「蜂だ! 群れだ!」

ドリモン先生の目が輝く。「大家族!」

「先生、距離」

壊れた巣箱、うねる蜂雲、漂う蜜。原因はここにもあった。


アリアは即座に段取り。

「濡れ布、燻煙、巣箱の板。――女王の通り道を作る。音は低く」

ドリモン先生が喉でむむむーんと鳴らし、九官鳥が補助。「低音! ていおん!」

犬は口を閉じ、猫は瞳孔を細く、カモメは遠巻きに。

蜂のざわめきが幾筋かの細流に収束し、女王がふわりと巣箱へ。

「成功!」

その瞬間、先生が嬉しさのあまり跳ね、一刺しもらってうずくまる。

「いったぁぁい! なぜ!」

九官鳥が非情。「愛だけでは距離が縮まらない!」

アリアは冷却膏を塗る。「学びはほどほどに痛い」



昼過ぎ。

菓子屋の少年がしょんぼり現れた。

「……ごめんなさい。カモメを近くで見たくて、旗に蜂蜜を……」

「旗は風の目印。悪戯に使わない。――洗い直した旗に矢印を描きます。『倉庫→』『井戸→』『診療所→』」

少年は真剣に頷く。

「僕が描く! 猫さん監督して!」

猫は鼻を鳴らした。「線をまっすぐ引ければ、手伝う」


矢印札の補充を指示していると、別の騒ぎ。

「倉庫の樽から魚が消えた!」

犬がすっ飛ぶ。「泥棒! 重要!」

アリアは鼻を使う。魚、油、……レモン?

(魚を盗む者は多いが、レモンで手を拭う盗人は少ない)


足跡は雑だが、樽と樽の間に紙の切れ端。

《ボレン商会納品書(控)》

(またあの商会――“話題重視型”の流行り商人)

「犬、レモンの匂いを追って」

「まかせろ! 重要!」


港の裏路地で、レモンを絞って手を拭く影が二つ。

「さっさと船に積め」「値をふっかけろ」

アリアは背後から咳払いだけで近づく。

「公開で話しましょうか」

二人は硬直し、次の瞬間に逃げ――犬が矢印札で足をひっかけ、少年の描きたての「→」の棒でずべっと豪快に転ぶ。

「矢印、効いた……」少年が震える声で呟くと、九官鳥が誇らしげに「やじるし! やじるし!」

(こういう用途ではないが、結果オーライ)


ボレン商会の下っ端は港長代理に引き渡し。

帳簿の控えは公開板へ。

《納品の控えは二枚。片方は港、片方は倉庫。レモンの匂いは犯行の香り》

人々は「なるほど」と頷き、言い分よりやり方を直し始める。



夕刻。

「診療所がパンクです!」小間使いが駆け込む。「先生、患者が列を――犬、猫、カモメ、蜂、そして人!」

ドリモン先生が白衣を翻し、「予約制の導入を宣言したのに!」と泣きそう。

アリアは紙を取り出す。

《診療順(矢印)》

□ 急患(刺・骨) → 先生

□ 相談(しつけ・棲み分け) → 九官鳥+アリア

□ 伝言(迷いペット) → 矢印札に掲示


九官鳥が受付で声を張る。「整理! せいり! 順番!」

犬は「重要!」と言いながら列の最後尾にちゃんと並び、猫は「先にいけ」と犬の尻を小突き、カモメは「ぼくは上から見守る」と屋根へ行き、蜂は巣箱の出入りを控えて静音モードに切り替えた(そんなモードはないが、効果はあった)。


その合間に――コイの夫婦(?)が来た。

「旦那が川へ帰る前に、お礼を」

ドリモン先生は照れて手を振る。「また飲んだら来て!」

「飲まない!」コイが力強く否定。九官鳥が笑う。「えらい!」


港の娘は指輪を磨きながら、恋人と肩を並べていた。

喧嘩の理由は些細なすれ違い。今は並んで矢印描きを手伝っている。

「“誰のせい”じゃなく“どう直すか”で」と彼女がつぶやくと、アリアは心の中で頷いた。



日が沈むころ。

港長が倉庫前の公開板に紙を一枚増やした。

《港の夜間段取り》

一、旗は蜂蜜禁止(当たり前だ)

二、矢印札は犬の巡回で起こす

三、旗の見張りは猫(監督:猫)

四、カモメは約束を紙に書く(九官鳥が代筆)

五、診療は予約制(先生の心を守る)

六、盗難の控えは二枚、公開で突き合わせ

七、騒ぎはほどほどで終わらせる(重要)


「最後の“ほどほど”は何ですか」

「港の掟だ」港長は笑った。「君が今日、教えてくれた」


ドリモン先生が腕を組み、腫れぼったい手の甲をさすりながらうなずく。

「愛も、予約も、ほどほども、全部距離だ」

九官鳥が肩で締める。「距離! きょり! だいじ!」


犬が得意げに胸を張る。「俺は今夜、三回巡回する!」

猫が静かに言う。「一回でいい。丁寧に」

犬は一瞬しょげ、さらに胸を張った。「じゃあ一回を丁寧に!」

「それでいい」アリアは笑う。



夜。

港は灯が点々と、海面に道を描く。

矢印札は風に柔らかく鳴り、旗は蜜なしで健やかに翻る。

犬は鼻歌交じりに札を直し、猫は屋根から目を細め、カモメは星を数え、蜂は巣箱で丸くなり、コイは川面に輪を置いて去っていった。

診療所の窓で、九官鳥が最後の一声。「明日もほどほど!」


アリアは埠頭の端で立ち止まり、塩の匂いを胸いっぱいに吸う。

(“動物の言葉”というより、これは“生活の言葉”だ)

旗、札、紙。

剣より前に町を守るのは、だいたいそれらの段取りだ。


「旅の人!」

ドリモン先生が駆けてきた。包帯の手で紙包みを差し出す。

「蜂蜜菓子。謝礼と、勇気の糖分」

アリアは受け取り、少しだけ笑った。

「蜂蜜は旗には塗らない、と紙に書いておいてください」

「もう書いた!」九官鳥が得意顔。


犬が尻尾でくねり、猫があくびをし、カモメが「明日は風が東!」と予報して外す。

港の灯が一つ、また一つと消え、矢印札の白が夜に溶けた。


アリアは外套を正し、歩き出す。

今日得た紙片を鞄の奥にしまう。

《港町パルマールにて:犬は重要を連呼。猫は監督。九官鳥はほどほど。――旗に蜂蜜は塗らない》

鞄は少しだけ重くなる。

重みは、次の町まで“段取り”を運ぶ。


(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ