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女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


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-港町パルマール編- 鳴き声の翻訳はほどほどに



港町〈パルマール〉は、朝になると市場と桟橋が同時に目を覚ます。

小魚のきらめき、氷の上で鳴る桶、カモメの甲高い笑い。

そして今日は――犬がやたらと主張していた。


「おい聞いてるか! 重要! 超重要!」

通りの真ん中で茶色の雑犬が、ひと跳びごとに「重要!」と吠える。

「港の倉庫で大事件! 魚! 魚! いや、魚じゃない、旗! いや、やっぱ魚!」


(情報はだいたい、途中で揺れる)

アリアは干し果物を受け取り、犬の後を視線だけで追った。

そのとき、角の診療所から派手な白衣が飛び出す。


「待ちなさーい! 患者さん! ……あ、旅の人ですね! 通訳お願いできますか!」

白衣の人物――獣語医を名乗る男、ドリモン先生は、噂の“動物の言葉がわかる”変人だという。

耳に聴診器、肩に九官鳥、鞄からは干し草と飴。

九官鳥がアリアを見て言う。「通訳! つーやく! だいたいでOK!」


「だいたいはやめてください」

アリアは肩をすくめた。「何が起きた?」


「港の倉庫で、犬と猫とカモメと魚が口論を始めたそうで! “盗み”だの“誤解”だの、“横流し”だの!」


「横流しは人間の語彙ですね」

「動物も使うようになりました。文明は進歩する!」


(文明の進歩はいつも騒音を伴う)

アリアはドリモン先生と九官鳥、そして「重要!」犬に導かれ、港へ向かった。



倉庫前は騒然としていた。

網の山、樽の列、その間に――犬猫カモメ、そして巨大な魚籠の中でコイが跳ねている。

港の作業員たちも腕を組み、わちゃわちゃと口論に混ざっていた。


「猫が魚を盗んだ!」

「犬が旗を噛み切った!」

「カモメが空から指示を飛ばしていた!」

「コイが腹に何か隠してる!」(無茶だ)


「静かに!」

ドリモン先生が両手を広げ、白衣をばさっとはためかせた。

九官鳥が肩で胸を張る。「静粛! しずしず!」


アリアは外套の襟を正し、まず臭いを吸う。

魚の匂い、油、古い縄、旗布の染料――そして、甘い蜜。

(港で甘い蜜?)


「順番に訊く」

アリアは犬に目線を落とす。「あなたから」


「俺は正義! 昨夜、猫が忍び足でここへ来て――」

「忍び足はあなたの主観。事実だけ」

「魚の樽の蓋がずれてた! そして猫は“ふん”って鼻を鳴らした!」

(主観は混ざる。だが“蓋がずれていた”は事実の匂いがする)


猫は尻尾を巻いて目を細めた。

「わたしは散歩。魚になど興味ない。旗が落ちかけてたから、柱に登って直したの」

「猫が旗を直す?」港の作業員が笑う。

「旗の紐が、蜜でべたべただったのよ。足が滑るでしょ」


(蜜は――やはりここだ)

アリアは柱に触れる。粘りの残り、蜂蜜の匂い。

「誰が旗に蜜を?」


カモメが胸を張る。「人間! あの菓子屋の息子が旗に蜂蜜を塗り、ぼくたちをおびき寄せ――いや、違う、ぼくは潔白!」

九官鳥が横から野次。「潔白? くちばしはベタベタ!」

カモメはくちばしで必死に拭った。「甘い罠だ! ぼくは被害者!」


コイが籠の中でぽちゃんと跳ねる。

「私は無実だ! 腹の中? ……指輪を飲み込んだのは認める!」

「待ってください」アリアのまぶたがぴくりと動く。「指輪?」


港の娘が顔を赤くした。「昨夜、恋人と喧嘩して……勢いで投げちゃって……川に……」

「それをコイが飲み込んだ、と」

「すまない! 光るものに弱くて!」コイは誇張気味に泣いた。

ドリモン先生が胸を叩く。「任せてください。魚の胃には優しく、指輪には厳しく。逆流反射の安全促進マッサージを――」

九官鳥が肩で叫ぶ。「ほどほど! ほどほど!」


(ほどほどは万事の救い)

アリアは倉庫守に桶と清水を頼み、蜜で濡れた旗を洗わせる。

同時に、港長代理を呼び、「昨夜旗の見張りに立っていたのは誰か」「菓子屋の息子はどこに」と紙に書いて回す。

言い争いを言い争いのままにしない――紙は、騒ぎの受け皿だ。


ほどなくして、菓子屋の少年がしょんぼり現れた。

「ごめんなさい……カモメを近くで見たくて、蜂蜜を……」

アリアは眉を寄せた。「旗は風の目印。悪戯の対象にしないこと。――洗ったら、矢印も書いておくといい。『倉庫→こちら』『井戸→こちら』」

「はい……」


犬が胸を張る。「ほらな! 俺の通報は正しかった!」

猫が鼻で笑う。「あなたは場の空気を混ぜただけ」

「空気も混ぜ方次第!」犬は威勢がいい。

九官鳥が「いいね!」と真似した。


問題は――指輪だ。

ドリモン先生が手際よくコイの腹をさすり、桶の角度と水温を調整し……

「はい、“逆流反射の安全促進マッサージ”!」

コイがごほんと咳をしたみたいに口を開け、銀色の輪がころんと桶に落ちた。

歓声。

港の娘が泣き笑いで指輪を拾い上げる。

「ありがとう、先生! ありがとう、騎士さん!」


(騎士さん、と呼ばれると少し落ち着かない)

アリアは咳払いをひとつ。

「では、残りは飼い主たちと話を。――“誰のせい”より、“どう直すか”を先に」


犬は尻尾を振る。「直す! 旗の見張り、俺がやる!」

猫が冷ややかな目。「あなたが立つと、余計騒がしくなる」

「じゃ、猫がやれ!」

「わたしは夜目が利く。妥当ね」

犬が一瞬しょげて、次の瞬間に閃いた顔。「じゃ、俺は見張り猫の見張り!」

九官鳥が肩で首をかしげる。「重複! じょうふく!」

アリアは苦笑しつつ、「犬は矢印札の巡回。夜、倒れた札を起こす係」と決めた。

犬は即座に胸を張る。「重要! 超重要!」



ひと段落――と思いきや、倉庫の裏から新たな喧噪。

「きゃーっ!」「蜂の群れ!」

ドリモン先生が目を輝かせる。「おお、大家族のご来訪!」

アリアは外套を翻し、裏手へ回る。

樽の陰、壊れた巣箱。蜂がざわめき、女王が寄る辺を探して旋回している。


(蜜の匂いの出どころは、ここでもあったか)

九官鳥が肩で小声。「先生、前回は刺された」

ドリモン先生は胸を張る。「今回は刺されません! だって愛を持って対話するから!」

「愛は大事ですが、距離も大事です」

アリアは作業員に濡れ布と燻煙の用意を指示し、蜂の回廊をふわりと作る。

「女王の通り道を空ける。――先生、音を低く」


ドリモン先生は咳払いして声を落とし、蜂語(?)で何やら歌う。

「むむむーん、むむむーん(訳:巣はそちら、煙は害意なし、落ち着いて)」

九官鳥が補足。「低音! ていおん!」

犬は息を潜め、猫は塀の上で目を細め、カモメは遠巻きに見守る。

蜂のざわめきが、少しずつ幅を失い、細い川になって巣箱へと流れ込む。

女王が最後にふわりと入り、ざわめきが溜息に変わった。


「成功!」

ドリモン先生が飛び跳ね――蜂に一刺しもらって前のめりに倒れた。

「いったぁぁい! なぜ!」

九官鳥が肩で無情。「愛だけでは距離が縮まらない!」

アリアは薬草鞄から冷却膏を出し、先生の手の甲に塗る。

「ほどほどに学びましょう」



夕方の港は、昼の喧噪が嘘のように整っていた。

洗い直した旗。

矢印札は犬が巡回し(鼻息で倒さないよう、猫に監督され)、

コイは桶を卒業して川へ帰る前にみんなに見送られ、

カモメは“もう蜂蜜には近づかない”と口約束をした(信用度は低い)。


港の娘は指輪を握り、照れくさそうに笑う。

「喧嘩の続き、ちゃんと話します。――“誰のせい”じゃなくて、“どう直すか”で」

ドリモン先生は包帯の指をひらひらさせ、「次回の診療は予約制で!」と宣言した。

九官鳥が肩で叫ぶ。「予約! やくそく! 破るなよ!」


アリアは外套の襟を整え、深く息を吸う。

魚の匂い。蜜の名残。風の塩気。

(動物の言葉というより、生活の言葉だ)

それは、剣より前に、町を守る。


犬が足元で尻尾を振る。「旅人! 重要! お礼に案内させろ!」

「どこへ?」

「屋台! 肉! いや、魚! いや、肉!」

猫がため息。「どっちでもいいから、静かに歩きなさい」

九官鳥が肩で締める。「ほどほど!」


アリアは笑い、港の夕焼けに歩を合わせた。

今日もまた、紙と矢印と“ほどほど”で、一件落着。


(了)

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