表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

647/649

勇者残党編その6 ――灰翼の砦・死者の行進


【一 砦を満たす“死の気配”】


 砦全体が揺れたのは、幻覚でも風でもなかった。


 ――死者が目覚めた音だった。


 天井の梁の隙間、砕けた石床の下、倒れた兵の甲冑の中。

 そこかしこから、ひとつ、またひとつと影が立ち上がる。


 足音は不揃いで、呼吸の音はない。

 しかし、確かに“歩いている”。


 生者を探すように。

 かつて守れなかった“領地”を巡るように。


 内海は歯を鳴らした。


「……なんだよ、これ……ホラーゲームじゃねぇか……」


 斉藤は青ざめ、喉が上下するだけで声が出ない。


「う、うそだろ……俺ら……死ぬのか……?」


 天城だけが、ゆっくりと笑んでいた。

 死者と同じ色の皮膚、濁った目。

 半分死に、半分だけ生きた“従死体”。


「生きてるかどうかなんて……どっちでもいいだろ。

 お前らは、ずっと……“俺の下”だったんだからよ」


 歯をむき出しにして迫る天城。

 生者のそれではない呼吸音。


 ――だが、その動きは不意に止まった。


 天城の鼻先の数センチ前に、

 蒼銀の護符がふわりと浮かんだからだ。


【二 蒼銀の護符セリア


 次の瞬間、蒼銀の光が砦全体を染め上げた。


 歩いてきたのはセリアだ。

 薄い呼気のように魔力が広がり、廃城の影が揺れる。


「間に合ってよかった……」


 セリアは両手を袖から出し、

 護符をいくつも空中に並べていた。


 その背後には――

 戦斧を肩に担いだリュドミラ。

 そのさらに後ろには、

 黒衣のネクロマンサー・エリオットと霊体の以蔵。


 斉藤が声を振り絞る。


「た、助け……助けてくれ……

 もう動けねぇ……」


 セリアは微笑み、ゆっくりと首を振った。


「助けます……でも、

 “こっちのやり方”で、です」


 護符が一斉に鳴った。


 ピン、と金属を弾くような高音。

 それが合図だった。


【三 浄化と制圧】


 直後――砦の空気が一変した。


 “死者の軍勢”が一斉にセリアへ向かう。

 その歩みは遅いが、止まらない。

 渇望と怒りと未練の残滓が混ざった“死の行進”。


 だが、セリアは動じない。


「エリオットさん」

「構わん。やれ」


 エリオットの杖が床を叩く。

 黒紫の陣が広がり、死者たちの足を縫いとめた。


 セリアが護符を一枚、指で弾く。


「安らかに」


 護符の光が死者に触れるたび、

 兵士の体は崩れ――砂のように床へ還る。


 断末魔もない。

 ただ、静かに、静かに終わっていく。


 斉藤は茫然と見た。


「あ、あいつら……消えて……」


「成仏してるだけだ」

 エリオットの声は淡々としている。


「むしろ幸運だろう。

 これほど穏やかに終われる死者は少ない」


 その隣で、以蔵の霊気が揺れた。


「……強うて優しい女じゃのう。

 セリアたぁ」


 リュドミラは斧を構え、

 天城を見据えていた。


「……じゃ、あとはコイツで終わりだね」


 天城は笑う。


「終わり……?

 俺が……?」


 天城の右腕が不自然に曲がりながらも振り上がったが、

 その刃先に相当する指先は――

 リュドミラの斧の柄で弾かれた。


 乾いた音が響く。


「遅いよ、あんた」


【四 天城、喰われる】


「て、天城!! やめろ!!」

「天城さん、もうやめてくれよ!!」


 内海と斉藤は叫ぶ。


 だが天城の目は完全に壊れていた。


「やかましい……

 てめぇらは……いつも……下だったんだよ……

 俺に殴られるために……生まれたんだよ……!」


 リュドミラの眉がひくりと動いた。


「……やっぱムカつくわ。あんた」


 その直後。


 リュドミラは斧で天城の腕を払った。

 肉を切ったのではない。

 “死者の硬質な肉/骨”を砕く技だった。


 天城の腕が粉々に砕け、崩れ落ちる。


 天城は叫ばない。

 痛みを感じる神経はもう残っていない。


「ひ……ひっ……」

 斉藤の喉が震える。


 天城はゆらりと顔だけを二人へ向けた。


「逃げるな……

 お前らだけ……生き残るなんて……

 許さねぇ……」


 その時。


「もういい」


 エリオットが杖を向けた。


「お前は生者ではなく、

 死者にもなりきれなかった。

 ――なら、“死”を与えるだけだ」


 杖先に黒紫の光が集まる。


 天城は一歩、二歩と後ずさった。

 

「お、俺は……まだ……!」


 詠唱は一言だけだった。


「“魂縫”」


 黒紫の針のような魔力が天城の心臓へ突き刺さり――

 その瞬間、天城の四肢は重力のように沈んだ。


 天城の体は、形を保ったまま崩れ落ちる。

 細かい砂のように。

 死者たちと同じ“もとの素材”へ戻る。


 ただひとつ、残ったものがある。


 心臓の奥で、剥き出しになった“魂片”。


 それをエリオットが拾う。


「……リュドミラ」


「ん?」


「こいつは“素材”だ。

 すぐに使える状態にはないが……

 どこかに転送しておく」


 斉藤と内海は座り込んだまま、

 声もなく震えた。


【五 死者の城の静寂】


 死者の軍勢はすべて浄化された。

 兵士たちの未練は消え、砦は静けさを取り戻す。


 セリアが斉藤に歩み寄る。


「あなたたちは……罪を償う場所が必要です。

 でも、殺しません」


「な……なんで……?」


「二人とも、“誰かを虐げる側”でした。

 けれど――“天城の影で動いていた”人でもあります」


 エリオットが続ける。


「お前たちは、死ぬほど弱かっただけだ。

 だからといって許されるわけではないが……

 死に場所を与えるほどの価値はない」


 以蔵が腰をかがめ、二人を見下ろす。


「……ルーンが見とる。

 お主らが今ここでどう動くか、全部のう」


 斉藤と内海の震えは止まらない。


「お、俺たち……どうなる……?」


 エリオットは魂片を掌に乗せたまま答えた。


「――裁きは、別の場所で下される」


【六 ティアの転移陣】


 その瞬間、

 天井のひび割れから魔力が集まり始めた。


 ピンク色の魔紋。

 甘い香り。

 懐かしさと恐怖が混ざった空気。


「遅くなりましたぁ~!」


 ティアが転移してきた。


 サキュバスの長であり、

 ルーンに名付けられ“魔王級”へ昇った少女。


「エリオット、拾い物はこれ?」

「そうだ」


「よしっ。じゃあ――

 “人の国”へポイしてきます!」


 ティアが指を鳴らすと、

 斉藤と内海の足元に魔法陣が広がる。


「待っ……!

 やめろ!!

 そこだけは行きたくねぇ!!」


「大丈夫だよ~。

 あなたたち、あっちで“使われる”から」


「な、なにを……!?」


 ティアがにこりと笑う。


「可愛い死体としてね?」


 光が強まり、二人の体が浮かぶ。


「ぎゃあああああぁぁぁ!!」

「やめろぉぉおお!!」


 エリオットが最後に針のような光を魂片へ向ける。


「魂は縫ってある。

 逃げられないぞ」


 ティアが指を軽く曲げる。


「はい、転送――!」


 光が弾ける。


 そして二人は、

 “人間の城塞国家アレクゼオン”へ吹き飛ばされた。


【七 砦に残る者】


 静寂が戻る。


 セリアが両手を胸の前で組む。


「……終わりましたね」


 リュドミラが大きく伸びをする。


「ま、あの二人はせいぜい使われてこいって感じだねぇ」


 以蔵が笑う。


「おまんら、優しすぎるきに」


 エリオットはふっと息をつき、

 天城の魂片を袖の内へしまった。


「さて……砦の残骸を調べるぞ。

 “灰翼の砦”は、これで終わりではない」


「まだ……何かあるの?」

 セリアが問い返した。


 エリオットは天井を見上げる。


「……この砦には、

 “誰かの干渉痕”がある。

 死者を縫ったのは、俺ではない。

 別の術式が使われていた」


 リュドミラが眉をひそめた。


「誰がそんなことを?」


「それを確かめるのが、我々の仕事だ」


 以蔵が空気の匂いを嗅ぐように首を傾ける。


「……この砦、まだ“何か”おるのう。

 気配がぜよ」


 セリアが護符を揺らした。


「最深部ですね……」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━

つづく

勇者残党編その7

〈灰翼の砦・最深部“灰の呼吸”〉

━━━━━━━━━━━━━━━━━━


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ