勇者残党編その4 ――転送先・城塞都市アレクゼオン 【一 光に呑まれた先】
光が弾けた瞬間、斉藤は喉の奥から悲鳴を出す間もなかった。
落下――いや、吸い込み。
地面はない。上下の感覚もない。
ただ、世界が“色ごと剥がれ落ちる”。
「やだ……やだ……!!
どこだよここ、どこに落とされたんだよぉ!!」
隣では内海が歯の根を噛み合わせながら呻いていた。
天城は意識がなく、血の跡だけが黒く残っている。
そして。
着地したのは、石畳の大路だった。
夜明け前の空。
高い城壁。
衛兵の怒声。
居並ぶ塔の先で、鐘が鳴り響く。
全てが“元の世界ではない”。
「……どこだよ、ここ……」
斉藤は震えながら立ち上がり――
その時。
【二 “勇者の衣装”に反応する街】
「おいあれ……勇者装束じゃないか?」
「なんでこんなとこに……?
城下に戻ったとは聞いてないが……」
「いずれにせよ通報だ、連絡を急げ!」
衛兵が槍を構えて近づいてくる。
「ま、待ってくれ!
俺らは――」
その言葉を遮るように、
「勇者装束で勝手に出歩くなど、許されると思うなよ!」
斉藤は理解が追いつかなかった。
「は……? 許されるも何も……」
「俺らは……勇者、だろ……?」
衛兵長が吐き捨てるように言う。
「勇者……?
お前らのどこがだ。」
「……は?」
「あれだけの“市街破壊”をしておいて、よく言えるな。
八日前の大騒動、忘れたとは言わせんぞ」
「――八日……?」
斉藤の背筋が凍る。
(八日前……?
あいつら……あの吸血鬼の街……
“別の世界の時間”じゃなく……ここでも事件扱い……?)
衛兵長は剣に手を置く。
「我が都市アレクゼオンへ戻ってきたなら、罪を償ってもらうぞ。
さぁ、来てもらおうか。牢までな」
「ざ、ざけんな……!!
なんで俺らが犯罪者扱いなんだよ!!!」
「事実だからだ」
【三 逃走】
斉藤は内海の腕を掴む。
「逃げるぞ!」
「お、おう!!」
「そこの二人を捕らえろ!!
死なせるな、あくまで拘束だ!!」
衛兵たちが走り、その背後で鐘が鳴り響く。
だが、この街の兵は強い。
一流どころか、下級冒険者よりも動きが洗練されている。
(なんだよこいつら……!
俺らより全然強ぇじゃねぇか!!)
斉藤は足をもつれさせながら路地に逃げ込む。
そして、首筋を切り裂くような寒気が走った。
「……あーあ。
また逃げてるよ、君たち」
女の声だった。
振り返る。
そこに立っているのは――
黒紫のマントを羽織り、銀の面をつけた女騎士。
背後には十名近い“吸血騎士団”の姿。
「な……なんでだよ!?
なんでお前らがここに……!」
「理由? 簡単よ」
銀面の女騎士――アリュシアがゆっくり歩み寄る。
「あなたたち、うちの領にも来たでしょ?
その時の残りが“こっちの世界にも流れ込んだ”。
だから――
“掃除”しに来たの」
「掃……除……?」
「そう。
勇者の皮を被った“害虫”のね」
【四 アリュシア vs 逃走勇者】
斉藤と内海が同時に逃げ方向を変えた――その瞬間。
アリュシアは剣すら抜かず、
ただ手首を軽く返した。
「“拘束・血鎖”」
足元の影が噛みつくように絡みつき、二人の脚を縛る。
「うぐぁぁっ!?
なんだこれ……影……?
血で……できて……!」
「あなたたち、うちの街でやったこと。
覚えてる?」
斉藤は首を横に振る。
「覚えてねぇよ!!
こっちも必死だったんだよ!!!」
「そっか。
じゃあ教えてあげる」
アリュシアの声は冷酷でも怒りでもない。
ただの“事務的な音”だった。
「あなたたち、平民の家を三軒燃やした。
魔法の誤爆で、子供が二人重傷。
そして――
“その時の臨検に応じなかった”。
つまり、あなたたちが騒ぎの元凶」
「う、嘘だろ……そんな……」
「嘘でこの人数が動くと思う?」
アリュシアはため息をついた。
「まあいいわ。
本当は“ここで殺す”のが一番早いんだけど……」
背後から声が飛んだ。
「殺すのはだめですよー、アリュシアさーん」
軽い声。
路地に、蒼銀の髪の少女が歩いてきた。
セリアだ。
「エリオットさんが“そいつら、生きたまま返せ”って」
「返す……?」
「うん。
あなたたち、別の地で“処理”されるんだって」
内海が絶叫した。
「やめろ!!
戻りたくねぇ!!!
あの地獄はもう嫌だぁぁぁぁ!!!」
アリュシアは肩をすくめる。
「こっちも嫌なのよ。
あんたたちみたいな雑音、街に置きたくないの」
そして――アリュシアは手を挙げた。
「“捕縛・鎖環”」
路地全体が赤く染まり、
二人の体を完全に拘束した。
【五 ティアの転送】
その瞬間。
上空がひしゃげるように割れ、
ティアの魔法陣が展開する。
「あ、捕まえた?
じゃあ――送るね」
「や、やめろぉぉぉぉぉ!!!
行きたくねぇ!!!
あそこは嫌だ!!
あそこは地獄だ!!!!
あいつらいるんだろ!!
あの、紫の鬼と、犬と、ゴブリンと、吸血鬼と……!!!」
アリュシアは無表情で言った。
「そうよ。
特にルーンは“とても怒ってた”わ。
“お前たち、またうちの子たちの縄張り荒らした”って。」
「うわああああああああああああ!!!!」
「嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁ!!!!」
ティアは指を弾く。
「はい、送還――発動♪」
【六 光に呑まれる】
光が路地一帯を焼く。
二人の絶叫は空気が切り裂かれる音に飲まれ、
身体は白い渦の中に引き込まれた。
「やめろおおおおおおお!!!
うわあああああああああ!!!!」
そして――
二人は完全に消えた。
【七 残された都市】
アリュシアは剣を肩にかけながら呟いた。
「……これで一段落。
あとは、天城の残りを追うだけ」
セリアが不思議そうに首を傾げた。
「でも、天城さんって……もう“ほぼ死んでません”?」
「死んでも問題ない。
あっちではエリオットが“再利用”するって」
「なるほど……」
アリュシアは城壁の向こうを見た。
「さて。
次は“転送先の地”で何が起きるか……
少し楽しみね」
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つづく
次回:
勇者残党編その5
「転送先――廃城塞で目覚める“死にぞこない勇者ども”」




