ルーン復讐編:内海&斉藤
勇者残党編 その1
――見知らぬ闇、見知らぬ街
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【一】
草の擦れる音が、耳の奥でずっと鳴っている。
内海は木の根を蹴飛ばしながら呻いた。
「……なぁ斉藤。
……ここ、どこなんだよ……マジで……」
声は震えていなかった。震えてないように“作っていた”。
だが斉藤は誤魔化さなかった。
「知らねぇよ。わかるかよ。
……あの森を抜けてからずっとおかしい。
建物も光も……全部、俺らの世界じゃねぇ」
闇は薄い。だが、月でも松明でもない“白い光”が遠くの道を照らしている。
見たことのない素材で造られた建物。
木でも石でも、鉄でもない。
それでいて、屋根の上には獣の影が静かに座っている。
「……なぁ斉藤」
「なんだよ」
「……こんな、わけわかんねぇ場所で……
俺ら、ほんとに迷ったんじゃねぇか?」
斉藤は返事をしなかった。唾を飲みこんだだけだった。
二人とも、同じことに気づいていた。
――ここは、自分たちが知る“世界の地図”の外だ。
――そして、天城がいない。
その事実が、森の冷気よりずっと寒かった。
【二】
沈黙を破ったのは、タツミだった。
彼は木陰から現れると、低い声で言った。
「……お前ら、何やってる。声が響きすぎだ」
「タツミ!」
「よかった、生きてたのかよ……!」
内海も斉藤も、思わず駆け寄った。
だがタツミの顔は暗かった。
レイナも隣にいたが、唇を噛みしめたまま何も言わなかった。
「……タツミ、何があった?
天城は? 一緒じゃねぇのか?」
しばらく沈黙があった。
タツミはようやく口を開いた。
「……天城は……いない。
俺たちとはぐれた。どこに消えたかも分からない」
「はぁ!? あいつがいない!?
なんでだよ!!
天城いなきゃ、ここでどうやって――」
「うるさい」
タツミが低く言った。
「……お前ら、気づいてないのか。
ここは、もう“俺たちの知る世界”じゃない」
斉藤が眉をひそめた。
「どういう意味だよ」
「見りゃ分かるだろ。
建物も、匂いも、空気も……
全部が違う。
魔物の気配はするが、俺らが知る魔物じゃない」
レイナが震える声で続けた。
「……そして……誰かの“視線”を感じる。
ずっと前からよ。
森を抜けた直後から……
ずっと、誰かに見られてる……」
内海が吐き捨てる。
「ビビってんのかよ。
天城がいねぇからそうなるんだろ」
「違う!!」
レイナが叫んだ。
彼女の声には、確かな恐怖が混ざっていた。
「“あれ”は……人間じゃない!!
もっと……冷たくて、静かで……
背中が勝手に凍るような……そんな“視線”よ!」
斉藤が乾いた笑いを漏らす。
「怖がらせんなよ……
何だよそれ……誰が見てるってんだ……」
そのときだった。
【三】
――足音が、降ってきた。
上でも後ろでもない。
“空間そのもの”から歩いてくるような気配。
そして、闇の奥から声がした。
「……うるさいな。
お前たちの声が、よく通る」
三人が一斉に振り返った。
そこにいたのは――
一人の青年だった。
人間の形。
だが、黒い影のような気配をまとっている。
目は暗闇より深く、
呼吸は風より静か。
内海は喉を詰まらせた。
「な……なんだよ……てめぇ……
味方か? 敵か? 何者なんだよ……!」
青年は答えない。
ただ、ゆっくりと歩み寄る。
タツミが前に出た。
「……待て。
お前は……この辺りの住民か?
ここは何なんだ? どこの領域だ?」
青年は、かすかに笑った。
「……知らなくていい。
答える価値もない」
斉藤が怒鳴る。
「ふざけんなよ!!
答えろよ!!
ここは何なんだ!!
俺たちはどこに迷い込んだんだ!!」
青年は足を止めた。
そして、静かに告げる。
「ここは、
“お前たちが捨ててきたものが集まる場所”だ」
「……は?」
「一つだけ言うなら――」
彼は、わずかに顔を上げた。
「俺は“捨てられた側の人間”だ」
二人は理解できなかった。
タツミとレイナだけが、気づいてしまう。
――この男の声を、
以前どこかで聞いたことがある。
だが認められない。
あり得ない。
森で死んだはずの、
弱い、価値のない、使い捨ての少年の声など――
「……まさか……」
レイナが震えた。
青年は名乗らない。
ただ一言だけ告げる。
「名前は、お前たちに教えるほどのものじゃない」
風が止まった。
空気が凍った。
そして。
「……じゃあ、始めようか」
“刈る側”と“刈られる側”の距離が、消えた。
斉藤が悲鳴のような声を上げる。
「や、やめろ!
近づくな!!
オレら勇者だぞ!!」
「……勇者?」
青年――紫怨は、初めて笑った。
「弱い者を踏み台にするのが、か?」
その瞬間、二人の喉が同時に鳴った。
逃げられないと気づいたのだ。
ここは、もう――
彼らの知る“世界”ではない。
そして目の前の男は、
かつて彼らが殺した“雑魚”ではない。
殺される側でもない。
ただ静かに――
“裁きを下す者”だった。
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※次話:
勇者残党編 その2
〈内海・斉藤 VS 紫怨〉
――“逃げ道のない闇”




