ダンジョン27階層編(中篇) 「霧狼、沈黙の牙」
霧で形づくられた狼は、
ただそこに“いる”だけで空気を震わせていた。
眼は赤く、獣でありながら“知性”のようなものが宿る。
霧をまとった四肢は地に影を落とさず、
歩くたびに実体と幻想が交差する。
フェルナは短く指示を飛ばした。
「前衛、構えて!
――リカルゾ、ダロッゾ、横並び!」
「おうよ!」
「……任せる」
ふたりの巨体が前に出ると、
霧狼が低く、重く唸った。
グレイが剣を抜いてフェルナの隣に立つ。
「フェルナさん、どう見る?」
「……あれ、ただの魔物じゃない。
“階層の監視役”の可能性があるわ」
シルが眉をしかめる。
「監視役? そんなものまでいるの……?」
「この階層は“意志を持つ”と感じた。
たぶん、私たちを試してる」
ミャラは震えながらも手を上げた。
「み、ミャラも戦うよ……!」
フェルナは短くうなずいた。
「ミャラ、シルの後ろで動いて。
絶対にひとりで突っ込まないこと!」
「う、うん!!」
⸻
◆第一撃:霧狼の跳躍
霧狼が音もなく消えた。
「……ッ!?」
ミャラが一瞬見失い――
ヨハネスが叫んだ。
「右上……! 影……跳ぶ……ヒソヒソ……!」
霧狼は天井付近から落下してきた。
だが前に出たのはリカルゾ。
「うおおっ!」
両腕を交差するように構え、
霧狼の爪を受け止める――
ように見えた瞬間、すり抜けられた。
「なっ……!」
フェルナの声が飛ぶ。
「幻質よ! 実体のまねなんてしてない!」
霧狼は地面へ降りる直前、
空気を圧縮した“衝撃”だけをリカルゾの胸元へ叩き込んだ。
「ぐっ……!」
後方へ滑るリカルゾを、ダロッゾが片手で支えた。
「……無理に受けるな。あれは“本体が別にある”」
⸻
◆シル&ミャラの対応
霧狼はすぐさま左へ走る――が、その動きは異様に読みにくい。
霧が撒き散らされ、影が二つ三つに揺れる。
シルが一歩踏み込み、
霧の中に指先を走らせる。
「“霧散探”!」
空気中の霧だけを散らすように魔力を放ち、
影を一つずつ削る。
「ミャラ、今だよ!」
「は、はいっ!!」
ミャラは跳躍し、
猫獣人らしい鋭い爪を振るう。
――が、当たらない。
影は急に消え、
霧狼は別の位置からミャラの背後へ現れた。
「ひゃあっ!?」
「ミャラ、伏せて!」
シルが素早くミャラを引き寄せ、
霧狼の爪が空を切る。
フェルナは魔力を溜めながら、
直感で状況を読み取っていた。
⸻
◆フェルナの魔法「星舒の光」
「……ここ!」
フェルナは杖を振り上げ、
光の星屑を散らす魔法陣を展開した。
「“星舒の光”!」
光の欠片が周囲に散り、
霧狼の“本体”だけに反応して淡く光る。
グレイが目を見開く。
「見えた! あそこか!」
光がついたのは、
霧の“中心”ではなく――
霧とは離れた位置の天井近くだった。
ダロッゾが低く呟く。
「……やはり本体は別だ」
フェルナは苦笑した。
「この階層……ちょっと意地悪ね」
⸻
◆ヨハネスの“風読み”
ヨハネスは本体の位置を掴みながら、
微かな風の流れを読むように目を閉じた。
「……ヒソヒソ……重さ……落ちる……軌道……
ミャラ……二歩右……!
グレイ……上……ヒソヒソ……!」
グレイとミャラは反射的に従った。
直後――霧狼の本体が斜め下へ突っ込んできた。
動きは予測不能、速度は弾丸のよう。
が、ヨハネスの指示した位置は完璧だった。
「ナイス! ヨハネス!」
「……ヒソヒソ……ただの……風……読んだだけ……」
⸻
◆反撃:霧狼を捉える
リカルゾが一歩踏み込み、
拳を握りしめて振り抜く。
「ぶっ飛べぇい!!」
拳は本体の影の端だけを掠めた。
だがそこから霧が大きく乱れた。
ダロッゾが横から重い蹴りを入れる。
「……落ちろ」
霧狼は急激に形を崩し、
地面へ叩きつけられたように見えた。
フェルナが杖を構える。
「今よ!!」
光が集中し、
シルとグレイが同時に斬りかかる。
霧狼はかろうじて後退するが――
その身体は揺れ、
半分ほど形を失った。
⸻
◆霧狼、撤退
霧狼は一度だけ全員を見渡した。
その目は怒りでも憎しみでもなく――
“値踏み”するような光。
フェルナは直感で悟った。
(これは……私たちの力量を測っている)
霧狼はすう、と音もなく消えた。
霧が床に落ち、空気に溶ける。
ミャラがへたり込んだ。
「つ、疲れたぁ……!」
グレイは剣を肩に担ぎ、息を吐く。
「いや、あれまだ本気じゃねぇな……
どこかでまた出てくるぞ」
ヨハネスは目を閉じた。
「……ヒソヒソ……まだ……監視……続いてる……」
フェルナは仲間たちの無事を確認し、ゆっくりと頷いた。
「次へ進むわ。
この階層、まだ何かある。
“試されている”理由を見つけるために――」
⸻
◆後書き(なろう向け短文)
今回の27階層は「沈黙の監視」をテーマにした階層で、
霧狼は“階層の監視役”の1体として登場しました。
・本体が霧と離れた位置にある
・攻撃は実体ではなく“圧”だけが飛んでくる
・戦うことそのものが“試練”の一部
という、従来より知能寄りの敵が増えていく伏線回です。
次回はこの階層の“核心部”へ向かう探索となります。




