ダンジョン27階層編 (前編)「沈黙の大回廊にて」
アリアンロッドの地下へと伸びる巨大階段を降りていくと、
空気はゆっくりと温度を変え、
やがて人の気配とは違う“静謐の圧”が肌にまとわりついてくる。
階段の踊り場には、銀色の紋章灯が昼のような明るさを作っていた。
フェルナは立ち止まり、後ろを振り返る。
「いい? 今日はここから“未知”に入る。
22階層、記録は少ない。慎重に行くわよ」
シルが頷く。
「了解。いつも通り警戒は私が先頭で」
が、フェルナは首を振った。
「今日は……ヨハネス、あなたが先頭」
ヨハネスは一瞬だけ目を細めた。
「……ヒソヒソ……風……今日も……おかしい……
任された……ヒソヒソ……」
シルは肩をすくめる。
「階層の“呼吸”が読めるのって、あんたくらいだもんな」
⸻
◆22階層到達
階段を降り切ると、ひらけた空間に出た。
そこは巨大な回廊だった。
幅は二十メートル近く、天井は闇の向こうへ消えている。
壁は磨かれた黒石で、滴るような光沢を放っていた。
ミャラが目を丸くした。
「ひろい……! 天井、どこいったの……?」
ハルドは剣の柄に手を添えながら呟く。
「静かすぎるな……。魔物の声も、風の音もない」
グレイは鼻をひくつかせた。
「匂いもねぇ……こんな階層、俺は初めてだな」
リカルゾは腕を組んで回廊を見渡す。
「足音が吸われてるみてぇだ。音が響かねぇ」
ダロッゾは石壁に手を当てる。
「……冷たい。だが、脈動を感じる。
この階層、生きている」
フェルナは静かに頷いた。
「みんな、気を緩めないで」
⸻
◆落とし穴 × 反転床の罠
最初に罠を見つけたのはシルだった。
「止まって!」
先頭を歩くヨハネスが一拍遅れて足を止める。
床の紋章がわずかに光り、すぐに消えた。
シルは小さく呟く。
「……反転床。乗った瞬間、裏返って落とされるタイプね」
ミャラが震えながら指をさす。
「こ、これ……ミャラ落ちるやつ……?」
フェルナが微笑んだ。
「大丈夫。気づけば怖くないのよ。
リカルゾ、あれをお願い」
「任せろ!」
リカルゾは罠の縁に手をかけ、そのまま――
罠床を丸ごと引きはがした。
ガコン、と鈍い音が回廊に響く。
ハルドが思わず声を上げた。
「……そんな力技で解決していいのか?」
フェルナは淡々としていた。
「罠は敵じゃないわ。ただの“仕掛け”。
外せるなら外しておけばいいの」
グレイは興奮したように笑う。
「いいなフェルナさん、その発想!」
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◆回廊の奥へ進む
さらに進むと、“音のない空間”が続いた。
ここまで敵影なし、魔物の気配なし。
壁の紋様だけが、淡く呼吸をするように揺らいでいる。
ハルドが不安げに呟く。
「なんなんだ、この階層……」
だがヨハネスだけは違った。
「……ヒソヒソ……生き物の気配ではない……
けれど……何かが……“見ている”……」
ミャラの尻尾がぴたりと固まる。
「み、ミャラ見られてるの!?」
フェルナは壁に手を触れ、静かに言った。
「この階層、たぶん“監視”がある。
魔法式……それも古いタイプの。
罠だけじゃなくて、意志があるわね」
シルは眉をひそめる。
「じゃあ敵が来る可能性は?」
フェルナは深く息を吸った。
「あるわ。むしろ――これからが本番よ」
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◆宝箱(謎の鉱石)発見
静かに進んでいくと、回廊の中央に置かれた“黒い立方体”が見えてきた。
ミャラが指差す。
「あれ……宝箱?」
ハルドが慎重に近づく。
「見たことないタイプだ……鍵穴もない」
フェルナが手をかざす。
「……魔法反応、なし。罠もない。
開けていいわ」
リカルゾが箱の蓋を持ち上げた。
ガコン。
中には――
淡く白光を放つ“結晶石”が一つ。
シルは目を細めて呟く。
「……見たことない鉱石ね。魔石の類とも違う」
ダロッゾは石をじっと眺める。
「……これは、眠っている。
意志を持つ石だ。だが今は何も起こさない」
フェルナは慎重に包みに入れた。
「持ち帰って、研究所に回しましょう。
バロスやイザベラたちが何かわかるかもしれない」
ミャラはきらきらと目を輝かせた。
「ミャラ、これお気に入り!」
「違うわよ。ミャラのじゃないわよ」
「えーーっ!」
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◆そして――“最初の敵”の気配
宝箱をしまったその瞬間だ。
ヨハネスの肩がびくりと跳ねた。
「……ヒソヒソ……来る……
前方……大きい……ヒソヒソ……」
ハルドが剣を抜く。
「ようやくか……!」
回廊の奥で、黒い影が揺れた。
足音はしない。ただ“存在”の圧だけが迫る。
フウ……ッ。
ひやりとした風が流れ、フェルナの髪を揺らす。
「くるわ。全員、構えて!」
影がひとつ、角を曲がって姿を現した。
その姿は――
巨大な黒狼。
だが肉体は実在せず、霧で形を成し、眼だけが真紅に光っていた。
シルが息を呑む。
「……“霧狼”……?
こんな強度の個体、今まで見たことない……」
ミャラの尻尾が逆立つ。
「ひ、ひええええ……!」
だがフェルナは一歩踏み出し、静かに呟いた。
「さあ――22階層、ここからが本番よ」
⸻
次回:《ダンジョン22階層編(中篇)》
霧狼との交戦。
ミャラ&シルの連携、
リカルゾ&ダロッゾの盾役、
ヨハネスの“沈黙の風読み”が炸裂します。




