ルーンブルク帰還編 試作と余韻(後編) ――アーク・フォーミュラ起動
青白い煙がゆっくりと晴れていった。
試験室の空気が、まるで深海のように重く感じられる。
床の中央――謎の鉱石はなおも光を放ち続けていた。
まるで、脈を打つ心臓のように。
「……動力炉でもないのに、どうしてこんな安定波形が?」
フェルナが息を詰め、コンソールを覗き込む。
モニターには異常値が並び、魔力測定針が細かく震えていた。
リュドミラが呟く。
「反応、下がらない……むしろ“聴いてる”みたい」
「聴いてる?」シルが眉を寄せる。
「うん……この部屋の音、呼吸、心臓の鼓動――全部に反応してる」
その時、モニターに新しい文字が浮かんだ。
――【ARCFORMULA 起動準備】
「……あ、あの、フェルナ様。これ……自動起動しようとしてます!」
セリアが指を震わせる。
「止められる!?」
「わかりません!」
フェルナが叫ぶより早く、青光が弾けた。
⸻
耳鳴り。
視界を覆う光。
次の瞬間、床の上に円形の紋章が展開した。
空気が波打ち、幻のような像が立ち上がる。
それは人の形――だが実体ではない。
「投影映像……?」エリオットが息を呑む。
「まさか……古代の記録装置か?」バロスが呻いた。
光の像は、ゆっくりと顔を上げた。
輪郭は崩れかけているが、確かに“誰か”の声が聞こえた。
『……記録を、継承する……』
女の声。
静かで、しかし底に炎のような芯がある。
『これを見ている者よ。
我ら“創設群”の記録を継ぐ者であるならば、聞け。』
フェルナは息を詰めた。
「創設群……? まさか、アリアンロッド以前の文明体……?」
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光の女は淡く微笑み、続けた。
『我らが築いた塔は倒れ、世界は分断された。
だが、“鍵穴ではなく蝶番へ”という理念だけは残した。
力は封じ、記憶は石へと変えた。
その礎が、ここにある。』
その言葉に、室内の誰もが動けなくなった。
ヨハネスがぽつりと呟く。
「……ヒソヒソ……蝶番……繋ぐ……ための……力……ヒソヒソ……」
「なんか神聖なこと言ってるみたいに聞こえるのズルいな」グレイが小声で笑う。
『継承核は、魂ではない。
だが、“想い”を記録する。
願いが残る限り、光は絶えない。』
言葉が終わると、光の像はゆっくりと薄れていった。
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残された鉱石は、もはや静かな輝きだけを放っていた。
フェルナはその前にしゃがみこみ、そっと指先で触れる。
冷たい。けれど、微かに鼓動のような波を感じる。
「……これは武器でも資源でもない」
「じゃあ何じゃ?」バロスが首を傾げた。
「“記録”よ。古代の願いを残すための。
多分、塔の基礎に埋められていた装置……」
リュドミラが小声で言う。
「じゃあ、これは……彼女たちの声?」
「そう。たぶん“過去の誰か”が未来を信じた証」
シルが微笑んだ。
「だったら、もう一度聞かせてもらえばいい。
今度は、こっちの願いを返す番だね」
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静けさが戻った実験室で、ヨハネスがぽつりと漏らした。
「……ヒソヒソ……アバドン……お前も……どこかで見ているか……ヒソヒソ……」
「誰に語りかけてるのよ!」フェルナが思わず突っ込む。
「……ヒソヒソ……癖だ……ヒソヒソ……」
爆笑とため息が重なる。
だが、誰もこの光景を笑い話に終わらせようとは思わなかった。
フェルナは深呼吸をし、青い石を掌に抱く。
「――ありがとう。“創設群”の人たち。
あなたたちの光、ちゃんと繋げるから」
その瞬間、石が微かにまた光った。
まるで、応えるように。
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その後、バロスが開いたデータ報告書の末尾には、こう記されていた。
> 記録素体名:アーク・フォーミュラ(Arc Formula)
> 状態:活動中/安定
> 分類:記録継承装置(非戦闘型)
> 備考:内部に未知の“意識反応”あり
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フェルナたちは一斉に顔を見合わせた。
そして、シルが言った。
「……次は、どこの層へ行く?」
フェルナが口角を上げる。
「もちろん――23階層。
この“アーク・フォーミュラ”の出所を探りに行くわ」
風が通路を抜け、鈴のように鳴った。
鐘は鳴らさず、青い光だけが次なる道を照らしていた。
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次回:エレベーターから見えるリリスブルクの花火




