ルーンブルク帰還編 帰還と発見(ウヒョー主任登場)
帰還の光が静かに消えた。
転移門の中央区ホール。
フェルナたちは青白い魔力の膜を抜けて、
ルーンブルクの空気に息をついた。
地下の匂いはもうない。湿り気の代わりに、
清潔な金属と花の香りが鼻をくすぐる。
「……帰ってきたな」
ヨハネスがぼそりと呟く。
その隣でミャラが尻尾を揺らしながら伸びをした。
「はあ~、空気が軽いにゃあ……もう二度とあの泥壁の匂いは嗅ぎたくないにゃ」
「でも成果は大きかったわ」フェルナが胸元の小さな袋を叩いた。
中には、あの謎の鉱石が輝いている。
「まずは風呂だな!」
グレイが笑い、ハルドも「同感」と短くうなずく。
みんな疲労の色が濃い。
長い戦闘と魔力の乱流、そしてあの謎の扉。
帰ってこられたこと自体が奇跡のようだった。
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一 浴場の湯気
ルーンブルク塔・居住棟。
フェルナとシル、ミャラは
高層階の共同浴場へ向かった。
自動扉が開くと、木の香りをまとう湯気がふわりと広がる。
魔導温水炉の穏やかな音が心地よい。
「ひゃ~……生き返るにゃあ」
ミャラが耳を垂らして湯へと沈む。
フェルナは肩まで浸かり、
白い湯面に映る自分の顔を見て、小さく笑った。
「ここに戻るたび思うわ。……あたしたち、変わったなって」
シルが頷く。
「ええ。かつては“生きる”だけで精一杯でした。
今は、“どう生きたいか”を選べる」
フェルナは湯の音を聞きながら目を閉じた。
静かな湯気の向こうに、塔の低い鐘の音が聞こえる。
――もう、戦いの鐘じゃない。
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二 カフェテリアの昼
昼下がり。
居住棟の一階にあるカフェテリアには香ばしい匂いが満ちていた。
「かつ丼一丁、天丼二、ウーロンミルクティー三っと」
注文端末に打ち込むフェルナの隣で、
グレイが鼻をひくひくさせている。
「こりゃ天国だ……! 中世の外じゃ考えられねぇ……」
「食券もお金もいらないんですか?」ハルドが半信半疑で聞く。
「ここでは“任務の成果”が報酬。だから無料よ」フェルナが微笑む。
トレイが自動で滑り出す。
湯気を立てるかつ丼、つやつやの米、赤出汁の味噌汁。
ミャラの目がきらきら光った。
「にゃあああ! ごはんが白い! ふわふわだにゃ!」
「お茶はどれにする?」
「緑茶! あと……スポドリも!」
一行が席に着くと、向かいの席から声がした。
「フェルナ、帰ったか」
見上げると、蒼髪の剣士ユリエと、
黒衣の魔王ムウが湯呑みを手にしていた。
「深層はどうだった?」
「寒かったけど、少し光が見えました」
ムウが口元を緩める。
「あなたたちはいつも、滅びかけた場所に光を持ち帰るのね」
フェルナは箸を止め、軽く笑った。
「非致死・ほどほど。それが、あたしたちのやり方ですから」
「フフ……好きよ、その言葉」
カフェテリアには、昼のざわめきと笑いが戻っていた。
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三 研究棟への帰還
食後、フェルナたちは中央研究区へと向かった。
エレベーターの透明な壁越しに、
魔導炉の青い光が何層も輝いている。
「フェルナ主任補、確認済み。通行許可」
オートマタの声がして、扉が開いた。
途端に――
「ウヒョー!! おかえりぃぃ!!」
爆発のような声が廊下を揺らした。
振り向けば、髪をぼさぼさにした白衣の女性が片手を上げている。
「案内はあたし、主任のイザベラ・ローザリン! ウヒョー、今日はにぎやかだねぇ!」
フェルナが笑って一礼した。
「イザベラ主任、お久しぶりです。例の鉱石を」
「聞いた聞いた! 未知の結晶反応体! ウヒョー、ロマンが止まらねぇ!!」
白衣のポケットから工具がガチャガチャ鳴る。
イザベラは髪をかき上げながら
「まずはラボ3番! あ、バロスは?!」
「主任、ここにおりやす」
ドワーフのバロスが頭をかきながら現れた。
「また主任が徹夜で実験して寝落ちしとると思いましたぜ」
「ウヒョー、寝てたけど目は覚めた!!」
「……説得力ないっす」
周囲のオートマタが淡く光りながら報告する。
「分析炉、稼働率九十六。補助機構、同調完了」
「よし! じゃあフェルナ、鉱石を見せな!」
「了解です」
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四 未知の鉱石
フェルナが袋から鉱石を取り出すと、
ラボの光がそれを反射して淡く煌めいた。
青でも緑でもない――どこか懐かしい、
“空の残光”のような色。
「ウヒョー……こいつぁ、ただの鉱石じゃねぇな」
イザベラの声が低くなる。
バロスが顕微炉を覗き込み、唸った。
「こりゃ結晶格子じゃねぇ。魂素の繊維だ」
「魂素?」
ボリスが酒を片手に首を傾げる。
「魂が石になるってか? こりゃ酒が進む話だ!」
「ウヒョー! 酒の前にデータだ!!」
イザベラが端末を叩く。
光が走り、解析結果が次々に浮かび上がる。
「……エネルギー密度、通常の魔結晶の十二倍。
でも安定してやがる。……これは“燃えない炎”だな」
以蔵が頷き、低く笑った。
「おもしれぇ……こいつぁ、斬ったら斬り返されそうじゃのぅ」
「以蔵さん、それ物騒すぎます」フェルナが苦笑する。
「ウヒョー……この素材、鍛えりゃ新しい時代の武具になるぞ」
イザベラの瞳が光る。
「おいバロス、データ全部保存! ボリス、炉温上げろ! 以蔵、火消し準備!」
「え、もう実験すんのか?!」
「ウヒョー!! 思いついたら即行動だ!!」
ラボが騒然となる中、フェルナは一歩下がって笑った。
――この混沌こそ、アリアンロッドの研究だ。
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五 夜明け
外の空が、少しずつ白んでいく。
イザベラたちはまだ炉の前で言い合っていた。
「ウヒョー! あと二度! 二度上げろ!」
「主任、炉が鳴いとります!!」
「それが合図だ、バロス!!」
笑い声が響く。
フェルナはその光景を見届け、そっと扉を閉めた。
廊下の窓から、ルーンブルクの街が見える。
高層の塔の間に朝の風が流れ、
市場の明かりがひとつ、またひとつと灯っていく。
フェルナは呟いた。
「……やっと、帰ってこれた」
遠く、研究棟の中からまた声が聞こえる。
「ウヒョー!! 成功だ!!」
フェルナは苦笑し、歩き出した。
新しい朝が、静かに始まっていた。




