ルーンブルク帰還編 未知鉱石の報告
――転移門が開く音は、いつも耳の奥に残る。
金属を擦るような高音と、柔らかい風の渦。
フェルナたちが遺跡から地上へ戻ってきたのは、まだ夜明け前だった。
中央塔の転移広間にはオートマタが二体、静かに待機している。
「記録炉……暴走寸前で停止。鉱石状媒体を持ち帰り」
フェルナが淡々と報告すると、受付役のネオンが頷いた。
「データ受領。搬送許可、学術区・第一研究棟にて。――お疲れさまでした」
仲間たちはそれぞれの持ち場へ散っていく。
ヨハネスは剣の刃こぼれを確認しながら無言で去り、
グレイは肩を回して「一眠りしたら飯だな」と笑い、
ハルドとミャラは補給所へ。
フェルナは少し息を整えてから、塔の外に出た。
朝霧が街路を包み、遠くの高層街の灯がまだ白く瞬いている。
ルーンブルクの夜は、相変わらず冷たい。
だが、ここへ戻ってくると、確かに“帰ってきた”と感じる。
――さて。報告の続きだ。
彼女は外套の裾を整え、学術区へと歩き出した。
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Ⅰ 学術区・第一研究棟
ルーンブルク中央塔から少し離れた丘の上。
ガラスと鉄骨で組まれた大規模な研究棟がある。
学術区――魔導理論と工学が共存する知の街。
その一角、夜も明かりの消えない部屋があった。
扉の上には「主任研究員 バロス」の銘板。
フェルナは軽くノックした。
「すみません、フェルナです。調査報告を――」
返事の代わりに、扉の向こうから賑やかな笑い声が返ってきた。
「はっはっはっ! だから言うたろう、溶かしすぎると泡が立つがじゃ!」
「わしの酒に文句を言うやつぁ、神罰もんじゃ!」
「お前らなぁ……ここは研究室じゃぞ……!」
フェルナは眉をひそめた。
(……嫌な予感しかしない)
扉を開けると、そこは見事な酒場だった。
机の上には空いた瓶とつまみ。
書類の山を押しのけて置かれた酒肴皿。
そして、ど真ん中に陣取っているのは――
ドワーフのバロス、同じくドワーフのボリス、
そして和装の浪人――岡田以蔵。
三人とも頬を赤くして笑っている。
「……バロスさん?」
フェルナが恐る恐る呼ぶと、バロスが振り向いた。
「おお、フェルナ嬢! 帰っとったか!」
「ええ……今しがた。でも、その前に――」
「まあまあ座れ座れ! ちょうど杯がひとつ空いとる!」
「いえ、私は仕事の話に来たので……」
「仕事の話は飲みながらが一番進むがじゃ!」
以蔵が笑って徳利を差し出す。
「ほれ、遠慮はいかんき!」
「……どうしてあなたまでここにいるんです?」
「なんとなく迷うたら辿り着いたきにゃ。縁じゃろ」
フェルナは小さくため息をつき、外套を脱いで椅子に腰を下ろした。
「……では、報告だけさせてください」
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Ⅱ 未知鉱石の提出
フェルナは腰のポーチから、黒い鉱石を取り出した。
闇色の表面がわずかに光を反射する。
ボリスが目を細めた。
「おお……こいつぁ、えらい禍々しい光をしとるのう」
バロスは片手で瓶を押しのけ、測定台を引き寄せた。
「どれ、見せてみい。……ほう、結晶構造は均一、しかし内部に流動体反応……」
「記録炉から採取した媒体です。……意識情報を封じた可能性があります」
その言葉に、バロスの目が変わった。
「意識情報、だと……?」
「はい。古代の民が、滅びの瞬間に自らを封じた……そんな印象を受けました」
「……面白い」
バロスは立ち上がり、計測器を起動する。
紫光の輪が石を包み、微かな脈動音が響いた。
ボリスが身を乗り出す。
「な、鳴いとるぞ!? これ、心臓か!?」
「落ち着け、酔っぱらい」
バロスは低く呟き、読み取りパネルに視線を落とす。
「……反応波形、魔導言語信号。単語検出――“記録・継承・再生”」
「記録、だと?」
フェルナの声が震えた。
以蔵が酒を傾けながら首をかしげる。
「ほう。魂の囁きっちゅうやつやの」
「……いや、記録媒体。データ結晶体だ」
バロスの声が重くなる。
「フェルナ嬢。おぬしが持ち帰ったこれは、ただの鉱石じゃない。
古代アリアンの“情報核”――この遺跡の記憶そのものじゃ」
フェルナはしばらく黙り込み、石を見つめた。
静かに脈動するそれは、まるで息をしているかのようだった。
「……やっぱり、“あの声”は生きてたのね」
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Ⅲ 酔いどれ三人衆
空気が少し張り詰めたところで、
ボリスが豪快に杯を掲げた。
「ま、ともかく無事に戻ったんじゃ。乾杯せんでどうする!」
「おい、こぼすなよ! 書類が台無しになる!」
「そりゃお前が書類を机に置いとるからじゃ!」
「だからって机で飲むなと言っとるだろうが!」
以蔵が豪笑した。
「はっはっは! こりゃええ、まるで祭りじゃの!」
バロスが呆れたようにため息をつきながら、結局、
自分の杯にも酒を注いだ。
「……ま、命あってこその研究じゃ。飲むか」
「主任、最初からそのつもりだったんでしょう」
「バレたか」
フェルナは思わず笑ってしまった。
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Ⅳ 夜明け
やがて酒瓶が空になるころ、
バロスが真顔に戻った。
「フェルナ嬢。これからどうするつもりじゃ?」
「再調査を申請します。記録炉の構造を明確にして、封印を保護する」
「ふむ……いい判断じゃ」
ボリスが頷きながら、残り酒を飲み干す。
「この石の中には、まだ“生きとる者”がいる気がするわい。
なら、正しく祀らにゃならん」
「それが私たちの仕事です」
フェルナは微笑み、腰を上げた。
「ご協力、感謝します。……あとはお好きにどうぞ」
以蔵が杯を掲げる。
「気ぃつけて行きや、嬢ちゃん。地の底は、酒より酔うきになぁ」
「……覚えておきます」
外へ出ると、夜明けの光が街を包み始めていた。
冷たい空気が肌を撫でる。
フェルナはそっと手の中の鉱石を見た。
黒い表面に、かすかに青い文様が浮かび上がる。
――記録は、まだ続いている。
フェルナは微笑み、塔の方へ歩き出した。
背後から、三人の笑い声と杯の音が微かに聞こえた。
研究室という名の小さな酒場で、朝がまた明けていく。
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→次回:「第28階層 ― 沈黙の記録炉」
バロスの解析により、黒い鉱石が“遺跡の鍵”であることが判明。
フェルナ隊は再び地下へ――封印を護るための、第二次調査が始まる。




