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女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


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地下遺跡調査隊 編 第26階層 ― 幻視の間(後篇)

幻の光は、まだ揺れていた。

 けれど、今はもう幻と現実の境がどこにあるのか分からなかった。


 フェルナの掌には、白い砂のような粒子がこぼれている。

 それは先ほど見た幻――“古代の民”が消えたあとの残滓だ。


 「……記録、じゃないわね」

 「どういう意味だ?」

 ヨハネスが低く問う。


 「記録にしては、生々しすぎる。感情が残ってるの。まるで“意識”そのものを封じたみたい」


 ハルドがわずかに身を引いた。

 「つまり、魂を閉じ込めた……?」

 「ええ。その可能性もある」


 遺跡が記憶を持つ。それは古代の文明ではありえないことではない。

 けれど、フェルナの肌が感じているのは“記録”ではなく“訴え”だった。


 ――眠るものを、起こすな。


 その声が、いまだ耳の奥で反響している。



Ⅰ 記録炉の間


 白光が次第に青に変わる。

 霧が晴れ、広間が姿を現した。


 天井も床も透明で、無数の光球が空中に浮かんでいる。

 ひとつひとつの光球の中に、人の姿が見えた。

 老若男女、誰もが穏やかな顔で眠っている。


 「……これが、幻視の正体か」

 ヨハネスが呟く。

 「人の形をした光、全部、ここにいた連中だな」


 「記録炉メモリアル・コア。古代アリアン技術の最終段階ね」

 フェルナは歩きながら、視線をめぐらせる。

 「彼らは滅びの瞬間、自分たちの意識をここに退避させたの。

  肉体は失っても、記憶だけが遺跡に残っている……」


 「つまり、“この遺跡そのもの”が彼らってわけだ」

 グレイが肩を竦める。

 「それはそれで、たちが悪いな」


 ミャラは光球のひとつをのぞき込み、そっと耳を傾けた。

 「……誰か、歌ってるにゃ」

 フェルナは目を細める。

 確かに、低い旋律のような声が広間全体を満たしていた。


 そして、その中心――

 祭壇のような高台に、黒い装置があった。


 「記録炉の核、ね」


 近づくたび、肌に微かな痛みを感じる。

 空気が金属を焼くように震えている。


 「フェルナ、離れた方が――」

 ハルドの忠告が届く前に、装置の上に青い光が走った。


 「アクセス確認」


 機械の声。だが感情の揺らぎがあった。

 「……来訪者、魔素確認――適合。記録再生を開始します」


 「待って!」

 フェルナが叫んだが、遅かった。



Ⅱ 古代の記録


 広間が一変する。

 周囲の光球が割れ、光があふれ出す。


 目の前に現れたのは――かつての世界だった。

 空に浮かぶ城、雲海を貫く塔、金色の街。

 そして、それがゆっくりと沈んでいく。


 「……海に、沈んでる」

 シルの声が震える。


 崩れ落ちる都市。

 炎に包まれた天蓋。

 人々は空を仰ぎ、何かを祈っている。


 『我らの声を、記録せよ。

  この世界が沈むとも、次の光が生まれるように――』


 その言葉が空間全体に響き渡る。

 祈りの詠唱。それは滅びの歌だった。


 フェルナの胸が締めつけられる。

 古代アリアン――この地の祖先たちは、自らの終焉を見届けながら、未来に希望を託した。


 だが、次の瞬間。

 祈りが悲鳴に変わる。


 『駄目だ、炉が暴走している!』

 『意識が……引きずられる……!』


 映像が乱れ、広間全体にひび割れが走った。

 光の人影たちが、苦しそうに形を崩していく。


 フェルナが震える声で言った。

 「記録炉が、彼らを飲み込んだ……。意識ごと保存された結果、ここに“閉じ込められた”のね」


 「じゃあ、今の幻も……」

 ミャラの声が小さくなる。

 「全部、“助けて”って言ってたにゃ」


 ――眠るものを、起こすな。


 再び、あの声が響いた。

 遺跡そのものが拒絶するように。



Ⅲ 記録炉の守護者


 祭壇の装置が脈動を始めた。

 黒い光が走り、空中の光球が次々に砕ける。

 砕けた光はひとつに集まり、巨大な人影を作った。


 それは、さっきまでフェルナたちに声をかけていた存在――

 記録炉そのものの“意識体”だった。


 「来訪者。なぜ我らを目覚めさせた」

 声は低く、悲しみに満ちている。

 「この地に再び、滅びを呼ぶつもりか」


 ヨハネスが剣を構える。

 「戦うしかないのか?」

 「違う。これは……訴えよ」

 フェルナは首を振った。

 「私たちはあなたたちを壊しに来たわけじゃない。ただ、真実を知りたいだけ」


 だが光の巨体は静かに首を横に振った。

 「記録は守られねばならない。

  “真実”は、人をまた滅びに導く」


 次の瞬間、空間が震えた。

 光の刃が降り注ぐ。


 「散開!」

 フェルナの叫びに、全員が動いた。

 ハルドが前へ出て受け止め、グレイが援護射撃。

 シルは光の矢を放つが、すべて弾かれる。


 「駄目、攻撃が通らない!」

 「光そのものを防御に使ってるの。影がないわ」


 フェルナは考える。

 黒曜の守衛のときと同じ。影がなければ、形を持たない。

 「……逆に、影を作ればいい!」


 杖を掲げ、詠唱。

 「〈反照陣・レクタ〉――影を描け!」


 広間の光が揺れ、床に巨大な影が生まれた。

 影が形を取り、巨体の足元を縫い付ける。

 その動きが一瞬止まった。


 ヨハネスが踏み込む。

 「今だ!」

 剣が走る。

 光の体を貫く一閃。


 静寂。


 巨体は崩れ落ちることなく、静かに薄れていった。

 「……我らを、忘れるな」


 その声を最後に、光が消えた。



Ⅳ 撤収


 広間には、静けさだけが残った。

 光の粒が舞い、やがて天井の方へと消えていく。


 フェルナは胸の奥に重いものを感じながら、祭壇に近づいた。

 装置の中心には、先ほどと同じ黒い鉱石が埋め込まれていた。

 形も色も、フェルナたちが拾ったものと酷似している。


 「……同じ素材だわ」

 フェルナがそっと手を伸ばすと、石は微かに脈打った。

 温度を持っている。まるで、心臓の鼓動のように。


 「フェルナ、これ以上は危険だ」

 ヨハネスの言葉に、彼女は小さく頷く。

 「ええ。今はこれ以上触れない方がいい」


 フェルナは背を向けた。

 「この階層、いったん封鎖しましょう。記録炉の調査は後日、研究班に任せます」


 「帰還だな」

 「ええ。……十分すぎる収穫だったわ」


 光の転移碑が、静かに輝き始める。

 六人はその前に並び、深く息をついた。


 ハルドが苦笑する。

 「やっぱり、こういう場所は性に合わねぇな」

 「そう言いながら毎回一番に突っ込むの、あなただけよ」

 フェルナが微笑んだ。


 転移の光が強まり、広間が白く塗りつぶされる。

 消える寸前、誰かの声が微かに聞こえた。


 ――ありがとう。


 それは確かに、祈りの声だった。



→次回:「ルーンブルク帰還と未知鉱石の報告」

フェルナたちは調査報告のために地上へ戻る。

そして黒い鉱石が再び脈動を始める――。

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