地下遺跡調査隊 編 第25階層 ― 黒曜の門(前篇)
地鳴りは、まだ遠くで響いていた。
灰層を抜けて一晩。休息を終えた調査隊は、黒く光る門の前に立っていた。
「……これが、二十五階層の入り口か」
低くつぶやいたのはヨハネスだった。
人間離れした体躯に、黒鉄の剣を背負う。かつてアリアンロッドの最強と呼ばれた剣士だが、今は黙々と後衛の守り役に回っている。
門は高く、天井まで続いていた。
材質は黒曜石のような輝き。けれど、ただの岩ではない。光が当たる角度で表面が“奥行きを持って揺らぐ”――まるで水面だ。
フェルナが指先で触れた瞬間、空気がかすかに震えた。
「……魔力の膜。封印じゃなく、“反射結界”ね」
「つまり、見る角度を間違えると通れないタイプだな」
グレイが獣人らしい嗅覚で周囲の空気を探る。彼の鼻先に、鉄と油のにおいが混じっている。
「光を反射して、特定の模様を作ると開くはずです」
シルが静かに言った。耳がぴくりと動く。亜人の感覚は人より敏い。
フェルナは頷き、背中の魔導灯を取り出した。
「ミャラ、あの岩の向こう。角度を教えて」
「ん、了解にゃ」
猫獣人の少女が軽やかに岩を駆け上がる。
黒曜壁面に灯をかざし、尻尾を立てて合図を送る。
「ちょっと右にゃー。……あ、光が動いた!」
その瞬間、門の中心に走る紋様がゆっくりと明滅した。
黒曜の表層が溶け、水のように揺れる。
「開いた……!」
ハルドが息をのむ。
武骨な獣人の青年は、戦士でありながら誰よりも慎重だ。
「だが、気を抜くな。こういうときに罠が動く」
彼の言葉に全員が頷き、フェルナが先頭に立つ。
――黒曜の門が、音もなく口を開けた。
中は静かだった。
いや、静かすぎた。
足を踏み入れた途端、音が吸い込まれるように消える。
「……音、が?」
ミャラが耳を動かす。
「変にゃ。足音が、返ってこない」
「反響を遮断している。壁そのものが魔法素材ね」
フェルナが壁を撫でる。黒い鏡のような面に、ぼんやりと自分たちの姿が映る。
ヨハネスが剣の柄に手をかけた。
「映ってるのは、俺たち……じゃないな」
映像は微妙に遅れて動いていた。まるで、時間の残滓だ。
「幻影型の罠です。気を抜かないように」
シルの声が、凍りつくように静かに響いた。
通路は長く、左右に分かれていた。
右は明るい。左は暗い。
「どっちにゃ?」
ミャラが尋ねる。
「明るい方には何かがある。……光源は人工だ」
フェルナが魔導器を傾けた。
光の方へ進む。
やがて、小さな円形の部屋に出た。
中央に黒い箱がある。
箱の表面には古代文字。
フェルナが息を呑んだ。
「……宝箱ね」
「やっとか」グレイが尻尾を揺らす。
「だが、置き方が“見せびらかしてる”な」
「うん。罠つきの臭いがする」
ハルドが周囲を確認し、慎重に踏み込む。
「ミャラ、感圧板は?」
「なし。匂いも……んー、ちょっと焦げ臭いにゃ」
「焦げ?」フェルナが首をかしげる。
次の瞬間、床の紋が淡く光った。
「下がって!」
フェルナの叫びと同時に、黒い閃光が走る。
空中に浮かび上がった六つの光球が、火花のように弾けた。
「光属性の防衛術式――照射系!」
シルが詠唱に入る。
フェルナが指を鳴らし、簡易結界を展開。
「〈転相盾・レヴィオン〉!」
光の槍が壁に反射し、次々に角度を変えて襲いかかる。
ミャラが跳び、グレイが腕で受け止め、火花が散った。
「強度、落ちてる……百年前の罠ね」
フェルナが詠唱を続け、光を吸収する球体を展開する。
「〈吸光陣〉――封!」
ぱん、と空気が弾けた。
光球が消え、部屋に再び静けさが戻る。
「……解除完了」
息を整えながら、フェルナが微笑んだ。
「さて、何が入ってるのかしら」
ヨハネスが頷き、黒曜箱の留め金を外す。
ぎぎ、と古びた音。
中から現れたのは――
一塊の黒い鉱石だった。
「……石?」
ミャラが首をかしげる。
「んー、宝にしては地味にゃ」
「ただの石じゃない」
フェルナが指を触れると、石の内部で淡い光が走った。
青でも赤でもない、どこか呼吸するような光。
「温かい……」
「生きてるのか?」ハルドが呟く。
フェルナは答えず、封印用の布に包み込んだ。
「今は判断できない。研究室で解析しましょう」
グレイが腕を組み、うなずく。
「また面倒なのを拾ったな」
「そうね。でも、価値はある気がする」
――未知の鉱石。
触れた者に小さな鼓動のような震えを伝える、不思議な石だった。
フェルナは背嚢に収め、再び前を向く。
通路の先には、黒い闇。
そしてその奥で、何かが――目を覚まそうとしていた。
「……進みましょう。門の本体は、まだ先です」
ヨハネスが剣を抜き、低く応じる。
「了解。――俺たちの出番は、ここからだ」
足音が、黒曜の回廊に消えていった。
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→次回:「第25階層 ― 黒曜の門(後篇)」
──眠る守衛の起動。フェルナたちが“影を持たぬ敵”と対峙する。




