地下遺跡調査隊 編 第24階層 ― 灰の断層
【Ⅰ】降下
転移陣の光が消えると、
世界は、灰色だけになった。
足元は土でも岩でもない。
焼けた灰が積もり、靴底の形をすぐに失わせる。
空気は熱く、それでいて乾いていた。
「……ここが、灰層」
フェルナの声が掠れた。
視界を覆うのは、淡い靄のような灰。
上も下も区別がつかず、ただ“焼けた大地”だけが続いている。
「音がない」
シルが呟く。
「風も、虫も、命の音が一つもない……」
ヨハネスは剣の柄を軽く叩いた。
「音がないってことは、動くものがいないってことでもある。
少しは安心しろ」
「いや、逆だ」
グレイが低く唸る。
「獣が息を潜める時は、獣を食う何かがいる時だ」
ハルドが頷き、鼻先をひくつかせる。
「……血でも、土でもない。
焦げた“骨”の匂いがする」
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【Ⅱ】骨の野
進むごとに灰は深くなり、足元が沈んだ。
フェルナは杖の先で地を突く。
金属音が返ってきた。
「下に何かある……金属板?」
彼女が魔導光を広げると、
灰の下に、巨大な骨格が横たわっていた。
人間ではない。
竜でも、獣でもない。
骨は金属で、脊椎は歯車のように噛み合っている。
「機械……?」ミャラが震え声で言う。
「正確には、生体金属。
古代人が“命を模した器”を作るために使った素材よ」
フェルナが言う。
「つまりこれは、“生きていた機械”の死骸ってことか」
ヨハネスの声に、誰も答えなかった。
灰の地平の果てまで、同じような骨格がいくつも続いていた。
――まるで、戦場の跡。
シルが足を止めた。
「……聞こえる。下から、何かの声」
全員が身を固める。
灰の下が、動いた。
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【Ⅲ】灰獣
灰の海が膨れ、音もなく爆ぜた。
そこから現れたのは、灰に覆われた四つ脚の影。
頭部に仮面のような骨。
体中に古代の刻印。
目はなく、全身から熱気を放っている。
「灰獣……!」
フェルナが叫ぶ。
「生体金属の再構成体! まだ稼働してるなんて!」
ハルドが前に出た。
「考えるのは後だ!」
獣が咆哮し、地面の灰が舞い上がる。
その中を、ヨハネスの剣が光の軌跡を描いた。
斬撃が走り、灰獣の首が半ば裂ける。
だが、切断面が金属音を立てて再生を始めた。
「再生するのか!」
「フェルナ、封印魔法は!」
「やってる――けど、この再生、魔法じゃない!
“意志”が動かしてる!」
灰の波が押し寄せた。
グレイが盾を突き立て、
ミャラが跳び、尾で灰を散らす。
「囲まれる前に、抜け道を!」
「了解!」
シルが詠唱し、地を撃つ。
灰の下から蒼い光が走り、亀裂が生まれた。
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【Ⅳ】裂層
フェルナが全員を見渡す。
「ここはもう崩壊してる。下層に降りる、行くよ!」
ハルドが吠え、亀裂に飛び込む。
グレイがその後に続き、ミャラが軽やかに滑り込む。
最後にヨハネスとフェルナ。
落下の瞬間、
フェルナは上を見た。
灰獣たちが、動きを止めていた。
彼らはまるで“見送る”ように立ち尽くしている。
「……彼らもまた、守っているのかもね」
灰が舞い落ち、声が消えた。
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【Ⅴ】深層
落下は短く、すぐに底へ着いた。
そこは、黒い岩盤の洞。
中央には、ひとつの巨大な門があった。
灰ではなく、黒曜石。
門の中央に、白い紋が刻まれている。
フェルナが近づく。
「これは……“実験炉”の印章。
つまり、ここが――」
「遺跡の最下層か」
ヨハネスが言う。
「いや……」
フェルナの声がかすれた。
「“門の外”よ。ここから先は、
アリアンロッドの地中じゃない」
静寂。
誰も息をしなかった。
黒曜の門が、わずかに震えた。
微かな隙間から、淡い光が漏れる。
「……この扉の向こう、何かが“待ってる”」
フェルナの瞳に、光が映った。
ヨハネスは剣を抜いた。
「なら、行くしかないな」
彼らは門の前に立った。
灰の断層を越え、
まだ見ぬ世界へ――。
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次回 「第25階層 黒曜の門」
封印の外、誰も知らぬ世界の“始まり”が描かれる。




