地下遺跡調査隊 編 第23階層 ― 黒鉄の環廊(後篇)
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【Ⅰ】目覚め
黒い風が、環廊を満たしていった。
重く、冷たい。だが息苦しくはない。
それは、まるでこの空間そのものが呼吸を始めたかのようだった。
「……動いてる」
フェルナが呟く。
杖の先で床を叩くと、わずかに金属の鼓動が返る。
「遺跡そのものが“生体機構”として再稼働してる」
「封印神格って……つまり生き物なのか?」
ハルドの問いに、フェルナは小さく頷く。
「神格、というより“思想の残骸”よ。
ここを造った古代人が恐れた存在。
記録に残っていない……それが何よりの証拠」
環廊の中央、巨大な扉が軋んだ。
金属が悲鳴を上げるような音。
フェルナは顔をしかめた。
「……来るわ」
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【Ⅱ】黒き影
扉の隙間から、黒煙があふれ出した。
ただの煙ではない。光を喰う霧だ。
その中心に、何かがいた。
四足でも二足でもなく、形を定めない。
黒鉄の鎖で幾重にも束ねられた“核”。
内部に見えるのは、赤く瞬く一点の光。
「目……?」ミャラが小さく呟いた。
フェルナの杖が光を帯びる。
「反応値上昇――精神干渉波。直接、意識を侵食してくる」
「なら、立ってるだけでやられるってことか」
グレイが舌打ちし、盾を構えた。
ヨハネスは一歩前に出る。
刃を引き抜く音が響く。
「守ることに意味はある。……だが今は、切り裂く」
光が走る。
黒い霧が裂け、赤い目が瞬いた。
その瞬間、空気が弾ける。
風ではない。意識の衝撃だった。
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【Ⅲ】戦端
ハルドが突進する。
爪に魔力を込め、地を蹴る。
「吠えろォッ!」
咆哮とともに叩きつけた一撃が霧を裂いた――が、触れた瞬間、腕に焼ける痛みが走る。
「くっ……金属の皮膚か!」
「下がって!」
フェルナの声。
杖先から蒼い紋が広がる。
「氷結壁、展開――!」
環廊全体が瞬時に冷却され、黒霧が薄まる。
そこへシルの光矢が走った。
「今!」
矢が黒鉄の核を射抜く。
だが貫いたはずの矢は途中で溶けた。
「効かない……?」
フェルナの額に汗がにじむ。
「この個体、外殻が“虚構化”してる。現実の干渉を拒んでるわ」
「だったら――現実ごと断てばいい」
ヨハネスが言い、剣を構えた。
刃が青白い閃光を放つ。
環廊の床が、微かに震えた。
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【Ⅳ】青の剣
「ヨハネス、今はまだ――」
フェルナの声が届くより早く、
剣が唸った。
青の残光が、線を描く。
風でも魔法でもない。
“存在の境界”を斬る一撃。
黒霧が裂け、鎖が悲鳴を上げる。
赤い光が揺れ、核がむき出しになった。
「……見えた」
ヨハネスの瞳が細まる。
次の瞬間、
黒鉄の神格が呻いた。
『――還サナイ』
声だった。
壁を伝い、耳ではなく頭の奥に響く。
フェルナの体が震えた。
「これは……拒絶の意思。
古代の兵装を、自分の意志で封じている」
「なら、解き放てばいいのか? それとも――」
グレイの問いに、フェルナは答えなかった。
扉の奥から、さらに大きな脈動。
遺跡全体が揺れる。
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【Ⅴ】開門
「フェルナ、上昇魔方陣反応! この階層、崩れる!」
シルが叫ぶ。
フェルナは振り返らずに言った。
「まだ終わってない――ヨハネス、核を断って!」
「了解!」
ヨハネスの剣が再び光を放つ。
今度は淡く、静かな輝きだった。
黒鉄の鎖がほどけ、
中心の核がゆっくりと浮かび上がる。
それは、まるで人の心臓のように鼓動していた。
だがその中にあったのは――青い光。
赤ではない。
怒りでも、憎しみでもなく、
“安堵”の色。
フェルナが呟く。
「……眠らせてほしかったのね」
最後の光が弾け、
黒鉄の神格は音もなく崩れた。
残ったのは、掌ほどの金属片だけだった。
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【Ⅵ】静寂
環廊は再び静けさを取り戻した。
熱も、霧も、すべてが消えた。
ミャラがそっと息を吐く。
「にゃぁ……終わった、のかにゃ?」
「多分な」
グレイが答える。
「だが……この先には、まだ下層がある」
フェルナが金属片を拾い上げた。
表面に古代語が刻まれている。
『門ハ閉ジタ。願ワクバ、再ビ開クナ。』
フェルナは小さく笑った。
「……もう、開けないわよ」
ヨハネスが剣を納める。
「戻るか。報告は長くなりそうだ」
フェルナは頷き、杖を掲げる。
淡い転移光が足元を包んだ。
黒鉄の環廊が遠ざかる。
沈黙の中、
ただ一つ、誰にも聞こえぬ声が囁いた。
――ありがとう。
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次回 「第24階層 灰の断層」
古代文明の最深域、地熱と灰の海を越えて。




