アリアンロッド遺跡調査隊 編 第22階層・後篇 環層の心臓
【Ⅴ】響くもの
通路の奥で、青い光が揺れていた。
それは炎でも、魔導灯でもない。
ただ空気そのものが、淡く震えていた。
フェルナは立ち止まり、耳を澄ませた。
――聴こえる。
低い、けれど確かに“脈打つ音”。
「これが……炉心の呼吸」
呟いた声に、シルが頷いた。
「魔力じゃない。生命の拍動に近いわ」
ハルドが前方を警戒しながら言う。
「空気が変わる。熱があるのに、冷えてる……おかしいな」
フェルナはその違和感を、塔全体の“意思”と受け取っていた。
この階層は、塔が「生まれ変わる前に見た夢」――
そんな感覚があった。
⸻
【Ⅵ】古代の記録
通路を抜けると、そこは広い円形の空間だった。
天井は見えない。壁面には無数の円盤状装置が並び、
中央には、光の糸で繋がれた巨大な球体が浮かんでいた。
「これが……環層の心臓」
フェルナが息をのむ。
「古代魔導炉心の副中枢。ここで、塔は自己維持を学習していたのね」
グレイが球体の縁に触れ、解析符を走らせる。
「稼働年数、少なくとも一万年以上。……だが、おかしい。
生体情報が混じってる」
「生体?」
シルの瞳が光る。
「まるで、誰かの“記憶”が焼きついたみたい……」
その時だった。
球体の表面に、淡い文字が浮かび上がった。
≪記録領域:最後の記憶を再生します≫
音が、戻ってきた。
空間全体が低く鳴り、光の粒が舞い上がる。
⸻
【Ⅶ】幻視
映し出されたのは、人影だった。
白い外套をまとった少女――いや、正確にはその残像。
『……実験第七段階。炉心安定率、十二パーセント。
この世界は、まだ“幸運”を知らない』
声は遠く、しかし痛いほど鮮明だった。
フェルナは胸の奥が締め付けられるのを感じる。
『この塔は、“運命”を拒むために作られた。
だから沈黙する。
それが、私たちが望んだ“静かな世界”。』
映像が途切れた瞬間、
球体の内部から、脈動がひとつ走った。
ヨハネスの剣が共鳴する。
青い光が刃を包み、空気がざわめいた。
「……反応したな」
「塔が、呼んでいる」フェルナが言った。
「この剣は、“鍵”なのかもしれない」
⸻
【Ⅷ】心臓の開門
球体の下に、淡い光の輪が現れる。
それは転移陣にも似ていたが、温度が違った。
“生きている”光だ。
ミャラが身を引く。
「ニャ……足元が動いてる!」
床が割れ、下層への通路が露わになる。
フェルナは一瞬だけ振り返り、仲間たちを見渡した。
「ここから先は、塔の“意志”の領域よ。
戻れなくなるかもしれない」
それでも、誰一人として退かない。
ハルドは短く笑い、
グレイは肩を回し、
シルは静かに頷き、
ミャラは尻尾を上げた。
そしてヨハネスが、一歩前へ出る。
「なら、俺たちはその意志を見届けよう」
剣を掲げ、足を踏み出す。
光の輪が広がり、彼らの姿を包み込んだ。
塔の心臓が再び鳴る。
音が、世界に戻ってくる。
そしてその瞬間――
フェルナの視界に、“空”が映った。
見たことのない、地上の青。
⸻
【Ⅸ】封印の声
光が消える。
足元の感触が戻った時、彼らは別の空間に立っていた。
そこは、塔の中にあるとは思えないほどの広がり。
風が吹き、草が揺れ、遠くで鐘が鳴っていた。
――だが、その音は塔の外からではない。
この空間そのものが“塔の記憶”だった。
フェルナは震える指で、風の方向を示す。
「……ここが、記録領域の最深部」
その言葉に、塔が応えるように光を放った。
≪侵入者を確認。記録を再生します≫
≪アリアンロッド・プロトコル――起動≫
青い風が吹き抜ける。
塔が、目を覚ました。
⸻
→次回:「第23階層 アリアンロッド・プロトコル」




