- ヴェマ遺跡調査編- 第3話 ― 遺跡の罠
密林は湿り気を帯び、ひと歩ごとに靴底がぬかるみに沈んだ。
鳥の声と、見えぬ虫の羽音。
やがて木々が途切れ、苔むした石の階段が現れた。
「わぁ……小説で読んだとおり!」
ミルダは感嘆の声を上げ、ノートをぱらぱらとめくる。
「“古代の契りを守る石、真紅に輝く宝”――これです!」
「罠の匂いしかしない」
アリアは冷たく言い、鞘に手をかけた。
ロッドが胸を張る。「こういうのは俺の見せ場だ! 先に行く!」
「待ちなさい!」
制止の声も聞かず、ロッドは階段を駆け上がった。
ガコン!
天井から丸太が落下し、ロッドの頭上をかすめて地面に突き刺さる。
「ひいぃ!」
彼は尻餅をつき、震え上がった。
「ほら見なさい」
アリアは丸太の軌跡を冷静に観察する。
「古代の吊り梁がまだ生きている。……非致死で済んだのは幸運です」
「メモメモ……“女騎士、冷静な瞳で罠を看破す”」
ミルダはノートにさらさらと記す。
「書き留める前に警戒してください!」
*
石の回廊を進むと、今度は床に不自然な隙間があった。
アリアが短槍でつつくと――
ガシャッ!
矢が横一列に飛び出した。
「ひっ!」
ミルダはしゃがみ込み、ノートを抱きしめる。
ロッドは壁にへばりつき、青ざめていた。
「……まだ作動するなんて」
アリアはため息をつき、矢を一本拾い上げた。
「毒はない。だが当たれば十分危険」
そのとき。背後からかさりと音。
振り向けば――羽根帽子のボルガンたち盗賊団が入口に立っていた。
「はっはー! お前たちが踏み抜いた罠のおかげで安全に通れるぜ!」
ボルガンが胸を張る。
「おい、団長、まだ丸太ぶら下がってる」
キリルがぼそり。
「うっ、なら回り道だ! 作戦通り!」
「作戦なんてありましたっけ?」モーラがため息をつく。
アリアは槍を構えた。
「……やはり来ましたか」
「当然だ! お宝は俺たちがもらう!」
盗賊団はわいわい騒ぎながら奥へ。
その足が――沈んだ床石を踏み抜いた。
ゴゴゴゴ……!
天井の石が崩れ、砂と瓦礫が滝のように落ちる。
「ぎゃああ!」「髪が!」「ナイフが埋まった!」
盗賊団は慌てふためき、泥まみれになりながら撤退していった。
アリアは泥をかぶりつつも、冷ややかに言った。
「……敵も味方も、泥だらけですね」
ミルダは目を輝かせ、ノートに大きく記した。
「“女騎士、泥にまみれてなお美し”」
「やめてください」
*
奥へ進むと、石の扉の前に立った。
扉には古代文字と、宝石を象った浮き彫り。
「これが……伝説の間!」
ミルダが声を震わせる。
ロッドは肩を回し、「よし、今度こそ俺が開ける!」と拳を振り上げ――
「待て!」
アリアの叫びが響いた。
しかし遅く、ロッドの拳は石扉に当たった。
ゴウン……
重々しい音とともに扉がわずかに開く。
石の間の奥、淡い光が漏れていた。
その光の正体が――「真紅の宝石」なのかどうか。
アリアは額に手をやり、低くつぶやく。
「……ほどほどのつもりで開けてください」
(第4話「宝石の正体」へ続く)




