魔王会議編その1:焦土に咲く、会談の円卓
七本の黒き燭台が、青白い炎を灯していた。
魔界中央──古き契約の大理石の間。
五つの領を治める魔王たちが、静寂を裂くように集っていた。
中央の席、月光を纏う若き女魔王が立つ。
ルナ・デウス。
アリアンロッドより派遣された代表であり、“調停者”の名を継ぐ者。
その頬に刻まれた微かな疲労は、ただの旅のものではなかった。
彼女は知っていた──この会議が、もはや“誇りの議場”ではなく、“延命の懇願”に変わっていることを。
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「……本日は、移住希望者の受け入れ要請について、確認をいたします」
ルナの声は静かで、揺るがなかった。
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最初に口を開いたのは、白髪混じりの巨躯の男だった。
北の魔王ヒルデリッヒ・ノール。
竜騎士団を率いる山岳の王。
「ノール共和国は、いまや炎の前線だ。
ゾロアルダの大軍が国境を越え、砦は三つが陥落した。
……民の避難が間に合わぬ。援軍を求める」
机の上の地図には、黒く焦げた印がいくつも刻まれていた。
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「ほう? 防衛にすがるか」
血のように赤い甲冑の壮年が、鼻で笑った。
西の魔王ゾロアルダ・グラディウス。
覇を唱える男。
「弱者を討つは当然。
大地を踏むに足る者のみが、生きる権を持つ」
ヒルデリッヒが立ち上がる。
椅子が軋み、空気が震えた。
「貴様……誇りを忘れたか!」
「誇り? そんなものは勝者が語る言葉だ」
紅と銀の視線がぶつかり、燭台の炎が揺らめく。
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「──おやめなさい」
涼やかな声が、その殺気を包んだ。
南の魔王エリュシア・ヴェイル。
翠の髪を肩に流す、豊穣の女王。
「民の嘆きを“誇り”で覆っても、穂は実りません。
我らが争えば、焼けるのは土です」
彼女の背後で、花弁のような魔力がひとひら舞った。
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「ふん……理想は美しいが、利益にはならん」
低い声で笑うのは、ターバンを巻いた痩身の男。
東の魔王ヴァルク・ダーレン。
砂漠の商業都市を束ねる商王。
「戦が止まれば、商いも止まる。
だが戦が続けば、血の値段が上がる。
──どちらが得か、私はそれだけを見ている」
その冷たい眼差しが、ルナを試すように光った。
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そして、最後にゆるやかに口を開いたのは、会場の奥に座す男。
アステリア王。
かつて魔界を統べた“月王”にして、ルナの父。
「争いを終わらせる調停こそ、真の力だ。
我らは互いに敵ではなく、滅びを共有する隣人であろう」
その穏やかな声には、老練な威厳と静かな憂いが宿っていた。
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「……ルナよ。おまえの意見を聞こう」
父の問いに、ルナはわずかに息を吸い、答えた。
「我が領──ルナデウスブルクは、まだ始まったばかりです。
民は十にも満たぬ。けれど、土地は肥え、水は清く、何より“希望”が残っています」
ヒルデリッヒが低く唸った。
「希望……それが剣の代わりになるなら、誰も苦労はせん」
ゾロアルダは鼻で笑う。
「言葉で戦を止められると思うか?」
エリュシアが微笑む。
「思いでなく、意志です。彼女は試そうとしている」
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ルナは静かに立ち上がる。
「移住は受け入れます。
──ですが、条件があります」
五つの視線が、一斉に彼女へと注がれた。
「“強制仕送り”は禁止。
送り出した国が民を縛るような行為は、断じて認めません。
移住者は“移民”ではなく、“新たな市民”として扱います」
ヴァルクの瞳が細められる。
「随分と潔癖だな。誰がその責を負う?」
「私が負います。
まずは調査団を派遣し、報告を上げます。
アリアンロッドの首相グルー殿にも確認を取り、正式な受け入れ体制を整えます」
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ヒルデリッヒが短く息をつく。
「……言葉に偽りはないな。ならば、協力しよう」
ゾロアルダが皮肉を漏らす。
「北が腰を折ったか。世も末だ」
エリュシアは静かに頷き、
「この娘に託しましょう。滅びよりは、芽吹きを」
アステリア王は、目を閉じて微笑んだ。
「では決まりだ。ルナ、汝に調停の座を預ける」
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その瞬間、重苦しい空気の中に、ひとすじの風が通った。
それは、沈みかけた魔族世界に射す、わずかな光だった。
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会議の終わりに、ヒルデリッヒが静かに告げた。
「……我らの民を、どうか頼む。
“月の光”が、まだこの地に残るように」
ルナは深く頷いた。
「ええ──必ずや」
その瞳の奥に灯る光は、滅びゆく夜に浮かぶ唯一の月。
そして、その月が照らす先には、まだ見ぬ“再生の扉”があった。
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次回:「魔王会議編その2:林、招かれた使節団」
──グルー首相への報告を受け、林を中心に調査使節団が結成される。
魔族の移住は、理想か、それとも新たな火種か。




