アリアンロッド観光編 その7 帰国の光
夜の灯が、ひとつ、またひとつと消えていく。
ルーンブルクの空は深く澄み、旅の終わりを知っているかのように静まり返っていた。
三日目の朝。
富山組の面々はアリアンロッド王国の中央駅前――ポータル広場に集っていた。
列車の代わりに、彼らを待つのは光の陣。
淡い風が吹き抜け、旅の記憶を抱えた心をそっと撫でていく。
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そこには、彼らを見送る面々がいた。
アリアンロッド政府側からは、首相グルー、政務官ハルト、そしてアリア。
いずれもこの異界交流を支えてきた中心の人々だ。
アリアはポータルを展開する位置に立ち、静かに両の掌を組む。その指先から淡い光が零れ、地面に転移の紋が描かれていく。
その傍らでは、同行班の東堂と愛菜が富山組へ声をかけていた。
「また必ず来る」岡村が片手を挙げ、頷く春樹と菜月…
愛菜は「次は観光でね!」と笑う。
その声に、富山組の誰もが笑顔で応えた。
ルーンブルク領からは、カテリーナとマキシ。
姫と従者としてではなく、今はただの友人として肩を並べている。
カテリーナは軽く手を振り、マキシは穏やかに頷いた。
リリスブルク領からは、痩せた魔族の老人ヒーミッドと、人族の少女ミリーナ。
年の離れた二人はまるで師弟のようで、ヒーミッドは杖を掲げ、ミリーナは胸に手を当てて微笑む。
セレスティアブルクからはアリュシアが春の風のように柔らかく微笑み、静かに彼らを見送っていた。
ルナデウスブルク領からは、雪女と河童。
白と碧の衣が朝の風に翻り、氷片と水滴のようにきらめいた。
どの顔にも、別れの寂しさよりも再会への期待があった。
アリアは振り返り、静かに息を整える。
「それでは――始めます」
掌から放たれた光が波紋のように広がり、空間がゆるやかに揺らめいた。
見送りの人々の影が長く伸び、風の音だけが響く。
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光の中心に立つ富山組の面々。
彼らの胸には、それぞれの“見聞”が深く刻まれていた。
おばあちゃんがそっと目を細めて言う。
「ほんとに、ええ世界やったねぇ……」
その言葉に、誰もが頷いた。
清水師範が背筋を伸ばし、拳を胸に当てる。
「この型、また習いに来る」
岡村剛志が笑って応じた。「じゃあ次は、課題持参でな」
笑いと涙が混ざる中、アリアは光の強度を上げた。
「ほんの数分、光が変わるだけです。……落ち着いて」
その声に皆が頷く。
清水が最後にもう一度手を振り、
「また必ず来る。次は――仕事としてな」
と告げた。
アリアが頷き、掌を重ねる。
光が膨張し、空気が震える。
――そして、富山組の姿が淡い光に包まれ、ゆっくりと消えていった。
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次の瞬間、彼らの足元には見慣れた駅のホームがあった。
「TOYAMA」の看板。
車の音、遠くで流れるアナウンス。
世界が一気に現実へと戻ってくる。
「うわ……空気、薄くない?」愛菜が思わず漏らした。
「うん。あっちは濃ゆかったねぇ……ご飯も、空気も、人の心も」
おばあちゃんの言葉に、みんなが笑った。
アリアはノートを開き、数行を書き留める。
《異界帰還、完了。報告は後日提出。》
ペンの先に残る光が、どこか懐かしく見えた。
リリスブルクで受け取った香袋の匂いが、風にかすかに漂っていた。
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その夜。
富山の宿で、アリアは窓辺に座っていた。
風鈴が鳴る。
透明な音が、あの世界の鈴と重なって聞こえる。
彼女は手元の銀のペンダントをそっと握った。
“蝶番”の形をしたそれは、光を受けて小さく揺れる。
「……きっとまた、開く日が来る」
呟きに合わせて、鈴がひとつ鳴った。
外では、富山の街灯が夜風に揺れている。
異世界も現実も、確かに続いている。
それを知っているだけで、彼女の胸は少しだけ温かくなった。
この旅が、閉じられる物語ではなく、
静かに未来へと息づく“光”となることを願いながら。
アリアはそっと灯りを落とした。
二拍の間、静寂――
そして、鈴の音がひとつ。
夜は、静かに更けていった。
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(了)




