表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

605/649

アリアンロッド観光編その6:セレスティアブルク編 ― 蒼月の城下と氷花の饗



 第三日目、黄昏。


青白い月が昇ると同時に、城下の燭台に順々に灯がともる。黒い石畳は鏡のように夜色を返し、尖塔の窓からこぼれる光は、冷たいはずなのにどこか人肌の温を帯びていた。


 セレスティアブルク。

 吸血貴族の古い様式を守りぬきながら、いまやアリアンロッド式の安全設備や物流導線まで取り込んだ“東欧風の都”。城門をくぐった一行――アリア、以蔵、アリュシア、カイル、リィナ、ルネオス、それに富山組の面々――は、思わず足を止めて見上げる。


「……わぁ、映画みたい」

 恵理が小声で漏らす。

「でも匂いはちゃんと街だ。パンの匂い、鉄の匂い、ワイン……」

 悠斗は鼻をひくつかせ、胸を膨らませた。


 吹き抜けの大階段に、銀の髪がひとすじ流れた。

 セレスティアが微笑とともに現れる。紅玉の瞳、真紅のドレス、黒のファー付きロングコート――凛烈と優雅のちょうど真ん中。

 彼女の視線が、同じ高さで正面から受け止められる。アリアだ。色は違えど、輪郭や表情の“芯”が驚くほど似ている。


「ようこそ、わたくしの城へ。」

「招き、痛み入る。」アリアは軽く会釈した。肩に走る所作は、騎士というより武士のそれ。

「……やっぱ似いちゅうなァ」以蔵が笑う。「面差しの骨格がよう似ちょる。けんど、中身はきっちり違うぜよ」


「影ではなく映し鏡、でしょうか。」アリュシアが淡く笑う。「志が似れば、顔も似るという」

 セレスティアの口元がわずかに弧を描いた。「光栄ね――鏡に恥じぬよう、今宵は最上のおもてなしを」


 楽団が弦を合わせ、ホールの縁にグラスが並ぶ。夜会が始まった。




Ⅰ 鏡の邂逅、第一の杯


 最初の一時間は、城の“顔見せ”。

 吸血貴族の家長たちが順々に挨拶し、セレスティアが紹介するたび、アリアは一礼を以て返す。

 以蔵は壁際でじっと二人の立ち居振る舞いを観ていた。


「どう見える?」アリアが小声で問う。

「踏み込み浅く、は深う。斬るためやのうて、《そ》らすための構えじゃ。――西洋剣は突くを旨とするが、ここの“貴き立ち”は突かせんための礼法ぜよ」

「なるほど。じゃあ、私は受け流す“体”を、ここの人たちは受け流す“和”を、身につけてきたわけだ」


 セレスティアが近づき、三人の輪に入る。

「剣の話?」

「道の話、だな。」アリアは笑った。「『勝たぬために負けぬ』――そんな話さ」

 以蔵が頷く。「強うなるとは、傲ることやない。生かすために手を止められることじゃき」


 セレスティアは一瞬だけ瞼を伏せ、静かにグラスを掲げた。

「ならば今夜は、“生かすために共にある”杯を。――皆、ようこそ」


 透明な音がホールを満たし、夜が本当に始まる。



Ⅱ 舞と剣、寸止めの美学


 中盤、舞踏と剣舞の余興。

 吸血騎士団が見せる礼式剣は、寸分違わぬ足運びで、滑るように間合いを変える。

 続いて以蔵が木太刀を受け取るや、北辰一刀流の素振りから、直心影流の崩し、合気の誘いへと移行――間合いに踏み込んだ相手の軸を、触れずにずらしていく。


「わっ……触ってないのに、倒れる?」

「倒してない。立てなくしてるだけ」アリアが耳もとでささやく。「“争いの芯”を外す稽古だ」


 最後にリクエストが飛ぶ。「両流、立会いを!」

 以蔵がアリアを見る。

「え、私?」

「アリア殿しかおらんろう。ここはええ“観せ場”ぜよ」


 アリアは袴の裾を軽く握り、木太刀を受け取った。

 合図もなく、二人は歩幅三つ分の距離で止まる。

 微かに、以蔵の気配が伸び、アリアの姿勢が沈む。

 次の瞬間、木太刀が二度――打たれずに、止まった。

 以蔵の刃はアリアの眉間へ至る寸前で消え、アリアの刃は以蔵の肘へ落ちる“寸”で留まる。

 見ている者には、二度とも“当たっていた”としか思えない。

 拍手が遅れて、どっと溢れた。


「……勝敗は?」と誰か。

 以蔵が笑った。「どっちも勝ちで、どっちも負けぜよ。斬らずに済んだき、今夜は皆、勝ちじゃ」


 セレスティアが楽しげに手を叩いた。「これが、あなたたちの“武”なのね。――気に入ったわ」



Ⅲ 技術と血の談話室


 後半、サロンに場所を移す。

 壁一面の本棚、錬金器具と新式端末が混在する机。

 ヴァルデン(セレスティアの宰輔)、カイル、リィナ、ルネオスが向かい合った。富山組の技術好きも遠巻きに耳を傾ける。


「吸血族の“血の記憶”は、継承に適した情報媒体だと思っているの」セレスティアが前振りし、ヴァルデンが説明に入る。

「世代をまたいで残るのは、感覚・技・価値観といった“抽象の束”。数式ではなく“型”に近い。これを、あなた方の補助記憶と接続できないか、という相談だ」


 ルネオスが椅子から半ば立ち上がる。「その“型”こそ魂素ソウルコード! 我々のオートマタ記憶階層の上位に、そのまま載る可能性がある! 血液を媒体とせずとも、倫理的な“疑似血”を合成し――」

 リィナが咳払いで速度を落とさせる。「要するに、“経験の型”を安全に共有する橋を作れる、って話」

 カイルが頷いた。「機体に載せ替えるなら、直接のパイロット技能じゃなく“判断の癖”を渡すイメージだ。――暴走しないよう、必ずヒトが主権を持つ前提で」


 ヴァルデンがワインを掲げる。「ならば合意できる。血は誇りであり、鎖ではない。我らは“誇りの共有”を望む」

 ルネオスが拳を握る。「共同研究、始めましょう」


 遠くで、以蔵の笑い声。「なんやややこしゅう言うちゅうが、要は“型”を子らに渡すっちゅう話ぜよ」

 アリアが「うむ」と頷き、セレスティアが満足げに目を細めた。



Ⅳ バルコニー、蒼月の誓


 夜更け。

 喧騒が一層遠のいたところで、セレスティアがアリアをバルコニーへ誘った。

 城下の灯が群星のように瞬き、冷たい風が頬を撫でる。


「……似ているのね、私たち」

「顔だけじゃないさ」アリアは欄干に肘をついた。「“背負い慣れている”背中の形が、少し似てる」


「背負うものが増えるほど、戦い方は難しくなる。守るために、どれだけ“止まれるか”が問われる」

「そうだな。だから私は、必要のない刀は抜かない。抜いたら――必ず納める場所まで責任を持つ」


 セレスティアは静かに相槌を打つと、薄く笑みを深めた。

「ならば、はっきり約しておきましょう。……あなたが無用の血を望まない限り、私もまた、流さない。

 貴女が“人を生かす道”を選ぶ限り、私はその道を開く側に立つ」


 アリアは短く息を吸い、正面から頷く。「受けた。――私も、できる限り“生かす”を選ぶ。だが、守るために刃を向けられたときは、迷わず止める。その覚悟も、ここで言葉にしておきたい」


「それでいいわ。」

 ふたりは、夜の冷たさと同じ温度の眼差しで、しっかりと頷き合った。



Ⅴ 小さな余白 ― 富山組の夜


 場内の一角。

 恵理と悠斗はリィナに案内され、城の資料室を見学していた。

「ここ、研修とかで使えるのかな」

「短期ならね。今日みたいに“まず見て帰る”のが大事。――戻って、もう一度考えて、それでも来たいって言えるなら、次の段階に進める」


 清水師範は以蔵の木太刀を借り、廊の隅で子どもたちに“脱力の立ち方”を教えている。

 岡村は騎士団の稽古を見学し、構えと礼をノートに写す。

 亮介と仲田はカイルと握手を交わし、機材区画の見学約束を取り付けた。


 そして、城の外縁――月明かりの石段で、ガレンは河童と腕相撲をし、セレスティア騎士の若手が囃し立てる。

「ぐおっ、こいつ、地味に強ぇ!」

「ふふふ、川遊びで鍛えとるでの!」

 笑い声が、冷たい空気をやわらげた。



Ⅵ 名は道標


 夜会の終わり際、セレスティアがそっとアリアの袖を引いた。

「そうだ、言い忘れていたわ。――この城下にも、“名を待つ子たち”がいるの」

「名を?」

「魂に一本、芯が通るのよ。あなたの国の“名付けのことわり”、うらやましいわ」


 アリアは少し考え、「こちらにも“名を授ける者”がいる。今は別行動だが、戻れば頼める。……ただし、名は飾りじゃない。背負う覚悟ができた者にだけ、だ」

「もちろん。」

 セレスティアは満足げに微笑む。「鏡に恥じぬ返事ね」



 最後の曲が終わり、客人たちが順に辞する。

 富山組は、リィナの案内で城外のゲスト宿へ。

 アリアたちは控えの間で外套を整え、以蔵が袖口を軽く払う。


「ええ夜やったのう」

「あぁ。」アリアは口角を上げる。「“似ている”が、怖くない夜だった」

 アリュシアが小さく笑う。「似ている者が隣に立つと、人は強くなる。今夜、よくわかった」


 ルネオスは帰り際、セレスティアとヴァルデンに両手を差し出した。

「共同研究、正式スタートで!」

「ええ、ようやく楽しみが増えたわ」セレスティアが握り返す。「夜は長いの。やることはいくらでも」


 蒼い月が、城の尖塔に輪郭を描く。

 それは祝福のようにも、挑戦状のようにも見えた。


――つづく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ