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女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


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アリアンロッド観光編その3 技術街《アーコロジー・セクター》へ



 ルーンブルクの中心街から少し外れ、白いアーチ状の回廊を抜けると、視界がぱっと開けた。

 透明なドーム天蓋の高みを、雲に似た薄膜がゆっくり流れていく。足元には水路が巡り、緑化されたテラスの間に、ガラスと木材で組まれた研究棟が階段状に連なっていた。風車の軸は水平に、といを走る水車は垂直に――風と水が、音も少なく街の心臓を回している。


「ようこそ。アーコロジー・セクター、技術研究局の公開区画へ」


 案内役の青年が、軽く右手を額に当てる。灰色のジャケットに薄いインナースーツ、肩章には“連絡将校”の小さな意匠。カイルだ。隣で同じ制服をアレンジした赤髪の女性――リィナが、にこりと笑った。


「今日は“完全に見学デー”です。危ないものは一個も出しません。安心して、たくさん質問してくださいね」


「お世話になります」

 アリアが一礼すると、同行の面々も続く。東堂、愛菜、洋一、おばあちゃん、清水正吾(合気道師範)、岡村剛志(天然理心流・師範代)、その門下の悠斗と恵理――そして安全監視と通訳補助で、オートマタのネオンとアルネオラが後ろについた。


「……ほんとに、街の中に森があるみたいだ」

 悠斗が見上げ、恵理が頷く。

「天井、どうなってるんですか?」


「風と光のレンズですよ。季節と時刻で透過率を変えて、温度も湿度も自動調整」

 リィナが指先で、空に薄い線をなぞると、天井膜に微弱な紋が走って消える。

「“空調”って言うより“空の調律”ですね」


「ほぉ〜、なんちゅう賢い天井やちゃ……」

 おばあちゃんが富山弁で感嘆し、洋一が笑う。

「ばあちゃん、今は見るだけにしよう。押したら割れたり……は、しないだろうけど」


「触っても大丈夫ですが、今日は見て楽しみましょう」

 ネオンが柔らかく制止する。金の虹彩が、来訪者の表情と歩調をこまめにスキャンしていた。



 最初の展示ホールは、子ども向けの体験スペースだった。円卓の上で、掌ほどの三翼ドローンが羽音もなく浮き、ホログラム筆が空中に文字を書く。


「やってみますか?」

 カイルが悠斗へペンを渡す。

「空中で書いた線を、机が“読み取って”くれます」


「マジで?」

 悠斗が半信半疑で宙をなぞると、筆跡が光になって漂い、机の面にすっと吸い込まれて走り書きの“悠”が浮かび上がった。

「うお、出た! 先生、これ、礼法の型とか描けます?」


 清水が興味深げに近づく。

「足の運びや体軸の図示は、稽古の補助になるかもしれんね」


「格闘・武術用途は、ここでは“教育”の範疇で扱います」

 リィナが付け加える。

「“倒すため”じゃなく“理解するため”。それが研究街のルール」


 岡村がにやりと笑った。

「いいな、それ。うちの門人に“力むな”って言っても通じない時、見えると早いんだ」


 ネオンが軽く指を鳴らす。周囲の透明壁に、合気道と剣術の基礎姿勢が半透明で映し出され、アリアが思わず感心の息を漏らした。

「……見える稽古、か。ルーンブルクの学園にも、いずれ導入したいな」


「順番にね」

 アルネオラが控えめに微笑む。淡い青銀の髪が小さく揺れた。



「次は“エネルギーの台所”です」

 カイルが階段スロープへ案内する。踊り場の先、壁の内側で水が低音で走り、縦軸・横軸のタービンが交互に回転していた。

「風で回した軸を水圧に変えて、魔術式で増幅。……電気代は、だいたい“風と川”が払ってくれます」


「さらっと言うなぁ」

 東堂が肩を竦める。

「でも、わかる。『どうやって強く殴るか』より『どうやって壊さず回すか』に頭使ってる街の顔だ」


 愛菜が小声でアリアに囁いた。

「ね、“技術者が優しい”って空気するよね。ここ」


「うん。壊すほうが、早いし派手だからな。……私たちは、もう飽きるほど見た」

 アリアの横顔は穏やかだった。



 細い回廊を抜けると、吹き抜けの広間。中央に、透明な半球が据え付けられている。

「子ども用の保護フィールドです」

 リィナがパネルに触れると、半球の内側に淡い膜が展開した。

「小石程度の飛来物なら弾きます。魔術の火花も拡散して熱を逃がす」


 洋一が指をそっと差し入れ、表面の“ぷに”とした抵抗に目を丸くした。

「おお、なんだこれ。ゼリーみたいで、でも硬ぇ」


「これはええちゃ。孫が転ばなくて済むがいね」

 おばあちゃんが目尻を下げる。

「リリスの寺に置いといたら、朝の体操でこけても安心やわ」


「寺の朝は“太極拳”が本番ですから」

 アルネオラがうれしそうに笑った。


「量産はもう少し先ですが、街路樹ラインに沿って帯状に重ねれば、夜間の見えない段差も守れます」

 ルーンが顔を出し、資料板を差し出した。

「資材はこっちで手配します」


「頼もしいな。……護るための膜、か」

 アリアが半球に手を当てる。ゆっくりと、掌の形に光が濃くなる。



 昼食は研究員食堂で。木のトレイに、湯気の立つ“味噌シチュー”、きつね色の蒸しパン、魔穀まこくのスープ、季節野菜の和え物。

 ガレンが目を輝かせた。

「おおっ……科学の街でも、飯はちゃんと“うまい”のか!」


「味噌のコクがスープに負けてない。配合、絶妙ですね」

 清水が箸を止めて感心する。

「塩分は抑えてあるのに、物足りなさがない」


「“幸福度”の計測が入ってますから」

 リィナがウィンクする。

「食後の眠気を少なく、満腹感はしっかり残す、ってやつです」


「なんちゅう時代やちゃ……」

 おばあちゃんは笑いながら、魔穀スープをもう一口。

「これ、腸にやさしい味やね」


 愛菜がトレイを片づけ、立て札を指さした。

「“研究街の規約”……“壊す実験は別棟で”“子ども優先”……ふふ、いい張り紙」


「護るための科学と、暮らしのための技術。ここはそれだけやってる」

 カイルが短く言い、少し間を置く。

「……アリアが、この街に“そういう風”を吹かせた。俺たちも学んだんだ」


 アリアは照れくさそうに首を振った。

「皆が“そう思ってた”のを、言葉にしただけだよ」



 食後、最後の区画。ガラス回廊の突き当たりに、星空を模した小さなドームがあった。昼なのに、夜の気配がする。

「ここは“空の展示室”」

 リィナが穏やかに言う。

「夜になったら、本物の星を重ねて見られます。……今日は予告だけ」


 カイルが振り返り、来訪者一人ひとりに目を合わせる。

「また来てください。次は“夜の空のほう”も、ゆっくり案内します」


「ありがとう。――皆、どうだった?」

 アリアが問いかけると、恵理が先に口を開いた。

「正直、想像してた“異世界の研究所”って、もっと怖いところだと思ってた。でも……ここ、やさしい」


 悠斗が照れくさそうに鼻を掻く。

「俺、もう一回来たいっす。あのホログラム筆、うちの道場にもほしい」


「順番と準備を整えて、ね」

 ネオンが静かに付け加える。

「“急がず、確かに”――研究街の合言葉です」


 東堂がふっと笑い、岡村が腕を組む。清水は短く「良い」とだけ言って、アリアに会釈した。

 洋一は肩をほぐし、おばあちゃんは「ようけ歩いたわ」と言いながらも、足取りは軽い。



 帰路、半透明の廊下を抜ける手前で、リィナが小さく手を挙げた。

「最後に、ひとつだけ。……これは、わたしのお願いです」


 みんなが足を止める。

 彼女は言葉を選びながら、まっすぐにアリアを見る。


「強い力を見せるのは、簡単です。でも、“守る仕組み”を育てるのは、手間がかかる。今日あなたたちが見たのは、ここの“手間の積み重ね”。……もし、ここが好きだと思ってくれたら、次に来るときは――『何か一つ、直したい場所』を探して教えてください」


 愛菜が目を瞬いた。

「直したい場所……?」


「段差でも、暗がりでも、困ってる人の通学路でも。何でもいい。私たちは“そこに技術を置く”ことができます。護るために、ね」


 悠斗が、力強く頷いた。

「了解。次までの宿題だ」


 アリアは笑って、右手を差し出す。

「約束する。“護る仕組み”を、一緒に育てよう」


 カイルとリィナが、その手を順に握り返した。



 外へ出ると、夕刻の風が、川面を渡ってきた。天蓋の膜が夕焼け色を拾い、研究街が薄紅に染まる。

 帰り道、ガレンがぼそっと言った。

「……なぁ、やっぱ、飯もうまいし、空もきれいだし、こういうのが“強さ”なんだな」


 ルナが肩で笑う。

「うん、“壊す強さ”じゃなく、“暮らしを支える強さ”。――さて、夜はカレーいこっか」


「二日目カレー!」

 愛菜が即答し、洋一が「おお」と顔を上げる。

 おばあちゃんが笑って、アリアの袖をちょんと引いた。

「ほら、はよはよ。冷めたらもったいないがいね」


 アリアは振り返って、ドームの向こうの二人に手を振る。

「カイル、リィナ――今日はありがとう。次は“星の下”で」


 カイルが敬礼を返し、リィナが指で小さな星を描いた。


 ――護るための技術街。

 暮らしに寄り添う、静かな強さ。

 その夕景は、富山から来た客人たちの胸に、長く温かく残った。


(つづく)

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