- ヴェマ遺跡調査編- 第2話 ― 川下りと追跡者
大河は午後の光を飲み込み、銀の帯のように流れていた。
小舟の上、ミルダは革のノートを胸に抱え、詩的な言葉を連ねている。
「――“水は恋人を運ぶ道、流れは絆の象徴”……どうですか、アリアさん!」
「まずは舟をまっすぐ保つのが先です」
アリアは櫂を握り、川面を見据えた。
ロッドは、というと。
「よーし、次は落ちねえぞ!」
舟の縁に腰をかけ、魚を素手で掴もうと身を乗り出す。
アリアの瞳が冷ややかに細くなる。
「落ちる前提で行動しないでください」
舟が流れに揺れた瞬間、茂みの奥から小さな反響音がした。
アリアは櫂を止め、耳を澄ます。
(……石弓の金具が鳴った。尾行者がいる)
*
茂みの影。
羽根つき帽子をかぶった大男が、片眼鏡をかけ直した。
「へへっ……奴らが例の遺跡を目指してる連中か」
盗賊団団長、ボルガンである。
「団長、まだ早いですよ。川下りの途中で仕掛けても、逃げられちまう」
痩せた男――ナイフ投げのキリルが、片手で刃を弄ぶ。
紅のスカーフを巻いた女――モーラが鼻で笑った。
「追いつめてから一気に奪うのよ。小舟ごと転覆させてやればいい」
「よし! 転覆だ!」
「いや、団長、川に落ちたら宝も沈みますけど」
「む……確かに」
三人はひそひそ言い争いながら、舟の後をつけていった。
*
川の曲がり角にさしかかったとき、突如として流木が横倒しに流れてきた。
ロッドが「あぶねっ!」と身を引く。
アリアは櫂で舟を押し、流木をかわす。
「自然の流木にしては、動きが速い」
アリアの目が鋭くなる。
茂みの陰から、石弓の矢がひゅんと飛んできた。
舟の縁に突き刺さり、水しぶきが跳ねる。
「出た!」
ロッドが大剣を抜き、舟の上で仁王立ちする。舟は大きくぐらついた。
「落ちる! 座れ!」
アリアの怒声にロッドは慌てて腰を下ろす。
川岸に三人組の影。
「お宝を狙うなら、俺たち盗賊団ボルガンズが先だ!」
羽根帽子の大男、ボルガンが胸を張る。
「ボルガンズって名前、初耳ですけど……」
アリアが眉をひそめる。
「これから売り出すんだよ! いま考えた!」
モーラが額を押さえる。「団長、こういうときは黙っていれば格好いいのに」
キリルがナイフをひとつ投げた。
……が、舟の舳先に突き刺さらず、川に落ちてぽちゃん。
「くっ、風が悪い」
「腕が悪いのよ」モーラが冷たく言う。
「……非致死・ほどほど、ですね」
アリアは腰から短槍を抜き、舟の縁に柄をつける。
舟が流れに乗って近づいた瞬間、短槍で川面を突き――水飛沫を盗賊たちに浴びせた。
「ぎゃああ!」「目に入った!」「化粧が!」
三人は一斉にのけぞり、岸の泥に尻もちをついた。
ロッドが豪快に笑う。「さすがアリアさん! 敵を濡らして撃退とは!」
「……言葉にすると締まらないですね」
舟はそのまま流れに乗り、盗賊団を置き去りにして進んでいった。
*
しばらく進むと、川岸に上陸する地点が見えてきた。
舟を止め、荷物を担ぎ上げる。
ミルダはまだノートを握りしめていた。
「すごいですね! 本当に冒険小説みたい! “水飛沫の女騎士”って書きます!」
「……やめてください」
アリアが外套を軽く絞ると、肩口から水が滴った。
尾行者は退けたが、確実にまた現れるだろう。
(あの三人……完全に諦める顔ではなかった)
ジャングルの奥に、古代遺跡の石塔が影を落としている。
冒険はまだ始まったばかりだった。
(第3話「遺跡の罠」へ続く)




