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女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


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勇者雪辱編 その3:侵入の夜

森に沈む火


 夜の森を渡る風が、草を揺らした。湿り気を帯びた冷気の中で、たいまつの火が不安定に揺れている。

 天城たちはその光を囲み、地図代わりの羊皮紙を広げていた。


「よし。こっからが本番だな」

 天城が靴の泥を払いながら、にやりと笑う。

「相手はただの地方の騎士団だ。俺たち勇者様が負けるわけねぇ」


 その言葉に、内海と斉藤がすぐさま同調する。

「さっすが天城さんっすよ。あの時の戦いも、天城さんがいなかったら即全滅でしたもんね」

「ほんとほんと。俺たちは運が良かった。天城さんに拾われたんだから」


 媚びるような笑い声が続く。天城は得意げに顎を上げ、腰の剣を軽く叩いた。


「オイ、俺様が“行くぞ”と言ったら全員で走れ。俺が止まれと言うまで止まるな。いいな?」

「了解です、天城様!」

 即座に返る声。


 その後ろで、中村は小さく息を吐いた。靴の紐がほどけていることに気づき、しゃがんで結ぼうとした――。


「チッ……靴の紐が……」

「おい、中村!! 何やってんだ、走れ!!」

 怒声が飛ぶ。中村は慌てて立ち上がるが、足がもつれ、前の枝に引っかかって転倒した。


 その瞬間、内海が舌打ちした。

「マジかよ、こいつまたかよ」

 斉藤が笑いながら、倒れた中村の背を蹴る。

「天城さんの指示聞こえなかったんスか? 走れって言われたら走れよ。なぁ?」


 天城がゆっくりと近づく。靴底が地を踏みしめる音がやけに重い。

「……俺様が何て言った?」

「……天城様、“行くぞ”と……」

 言いかけた瞬間、頬に拳が落ちた。乾いた音が森に響く。

「“行くぞ”って言われたら走るんだよ。考えるな。走れ。お前みたいなやつがいるから連携が崩れる」

 唾を吐き捨てる。

「使えねぇ奴が混じってるだけで、チームは腐るんだよ」


 内海と斉藤が乾いた笑いを漏らし、天城の背中に従う。

 中村は血の味を感じながら立ち上がると、何も言わずにただ頷いた。



英雄を気取る影


 森の奥、焚き火の煙が途切れた辺りで、タツミとレイナが並んでいた。

「なぁ、レイナ」

「……何?」

「俺たち、本当にこれで終わらせられると思うか」


 レイナは笑った。瞳の奥に燃えるような光。

「終わらせるのよ。あの連中、王国の中でも一番信頼されてる“異界の勇者”を名乗ってる。

 その座を奪うには、あの国の強者を倒すしかない。……私はそう決めたの」

「知ってる。あの北方の双刃将、レーヴェンとオルダを同時に斬ったって話もな」

「そう。だからこそ、私たちが勝てば、“次”は私たちの番」


 ふたりの視線が、夜の彼方を射抜く。

 彼らの思考はすでに「勝利」の先にあった。敗北という現実を、心が認めようとしない。


 タツミは剣の柄を握り直す。

「中村の足引っ張りさえなけりゃ、もっと楽にやれるんだがな」

「放っておきなさい。ああいうのは踏み台になるためにいるのよ」


 その背後で、別の魔法師が上着を脱ぎ捨てた。汗にまみれた布が地面に落ち、黒い板状の何かがちらりと光を反射した。

 誰も気づかないまま、それは落ち葉に埋もれていった。


「……進むぞ」

 天城の声が闇を裂く。

「今夜でケリをつける。俺たちがこの世界の主人公だって証明してやる」


 その言葉に、レイナが微笑み、タツミは無言で頷いた。

 エイルバッハが詠唱を始め、周囲を照らす火球をいくつも浮かべる。

 その光の下で、勇者たちは武器を構え、森の奥へと前進していった。



森の静脈


 同じ夜。

 森の反対側――黒髪の女騎士アリアは、静かに剣帯を締めていた。

 風に揺れる松の枝が、細い影を地に落とす。


「敵影、南の稜線を越えました」

 報告を届けたのは若い斥候。ワーデンリッツは無言で頷き、手にした灯を小さく振る。

「了解。ゲイル、結界の位相を確認」

「異界系統の魔力反応を感知。詠唱は統一されていない。つまり――烏合の衆だ」

 老魔法師ゲイルが苦々しげに呟く。


 その隣で、エイルバッハが杖を掲げた。

「光源を制御する。こちらからは見えるが、向こうからは見えぬように」

 空気の膜が張り、森の中に淡い青の霧が流れた。


 セレスティアが翼をすこし広げる。

「数は八、内訳は剣士五、魔法師二、それと……ひとり、動きの鈍い者がいる」

 アリアは小さく目を伏せた。

「鈍い者、か。仲間にすら重荷として扱われているのだろう」

「哀れとは思わないのか?」ワーデンリッツが問う。

「哀れむより、止めるほうが先だ」


 短い沈黙ののち、アリアは鞘から剣を抜いた。

「無益な死を出すな。捕縛が第一、殺すな。ただし――私の許可なく前へ出るな」

「了解」

 全員の声が重なった。

 風が止み、森の音がひととき消える。



交錯の灯


 夜気を裂くように、勇者たちの光球が森を侵食していく。

 タツミが前衛に立ち、レイナが詠唱を続ける。後列の魔法師エイルバッハが火球を掲げ、周囲を照らした。

「見えた! あそこだ!」


 内海が叫び、斉藤が剣を抜いて突っ込む。天城はその背に続き、笑いながら叫んだ。

「行けぇっ、見せてやれよ! これが“異界の勇者”だってな!」


 その瞬間、森が応えた。

 地面が鳴り、樹の根がうねる。

 罠が動いた。


 光が逆流し、霧が凝縮する。視界が反転し、天城たちは前後の区別を失った。

「な、なんだこれは……!?」


 そして、霧の向こう。

 黒髪の女騎士が、剣を静かに構えていた。

 その背後で、白銀の翼を持つ魔族セレスティアが静かに舞い降り、影の兵たちが陣を組む。


 対する森の向こう側では、槍を構えた騎士ワーデンリッツが前衛に立ち、老魔法師ゲイルが詠唱を整えていた。

 その背にはエイルバッハ、そして勇者たち――天城、タツミ、レイナらが並び、火球の光に照らされながら前進する。


 アリアの声が、静かに夜を切り裂いた。

「これ以上、踏み入るな。――ここは、お前たちの舞台ではない」


 返事をする者はいなかった。

 ただ、風が止まり、双方の呼吸音だけが重なる。


 そして――剣が抜かれる音が、夜を切り裂いた。



(つづく)


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