表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/649

- 超能力少年-後編 ― 力より名前



翌朝の学び舎は、屋台の呼び込みみたいに騒がしかった。

市場の豪商 ボレン商会主 が従者を連れ、ゼッドを囲んでいる。


「君の“力”で、うちの新商材の披露をやらないかね? 壺が宙に浮き、布が自ら広がる――客はどっと集まる。君は一晩で町の英雄だ」

「ご契約は独占で。報酬は“後日、売上に応じて”」


(後払い、独占契約。紙の罠だ)

アリアは柱の陰で、その紙の署名欄が遠いのを見て肩をすくめた。

横で マーニー が腕を組む。「ゼッド、ダメ。昨日の“衣服事件”で学んだよね?」

「学んだ……はずなんだけどな……」


ゼッドは視線を泳がせ、ちら、とアリアを見る。

アリアは短く言った。「公開でやるなら、見届ける。だが“衣服”と“危険”は無し。ほどほどだ」

商会主は笑顔を崩さず、書面の端を指で叩いた。「もちろん、ほどほどで」


(信じるに足る笑顔ではない)



昼下がり。町外れの広場に、あっという間に人が集まった。

簡易舞台。幕。糸車改造台。

“Z現象 公開実験”の札。

ボレン商会の行商布まで張られている。


「諸君! 超能力少年ゼッド――」

ゼッドが両手を広げた瞬間、マーニーがすっ飛んで来て耳を引く。

「衣服は絶対ダメ!」

「わかってるって!」


アリアは舞台の袖に回り、風の向き、踏み板、磁石の位置を確かめる。

昨日と違うものがひとつ――幕の裏、床下に新しいばね箱。金具は新しい。

(商会が持ってきた“見栄え”の装置。……壊れる音がする)


第一実験、第二実験。

藁の輪が上がり、壺が滑る。

子どもたちは歓声、大人たちは「おお」と腕を組む。

ゼッドは昨日より慎重で、拍が落ち着いている。


「最終実験――“重力逆転グラヴィ・フリップ”!」


昨日と同じ宣言。

ただ、今日は別の音が混じった。

舞台の下で、ばね箱の軋みが長い。

(戻りが悪い。――跳ねすぎる)


アリアはマーニーに目で合図。

「幕の紐、押さえて。風を逃がす」

「了解!」


ゼッドが息を吸う。

彼の“勘”が風を読む。

藁の輪が――高すぎる弧を描いて、舞台の端の観客へ。


(まずい)


アリアは飛び出し、輪の軌道に自分の肩を差し出した。

受け止めるのではない。

“通り道”を一瞬だけ作る。

輪は肩で軌道を変え、観客の頭上をそっと越え、芝へと落ちた。

拍手と、ほっとしたため息。


ゼッドは真っ青になり、舞台の下を覗く。

ばね箱の金具が一つ、わざと固く締められていた。

ボレン商会の従者が、視線を逸らす。


「派手な失敗は話題になる」

商会主が涼しい顔で言う。「商売は話題が大切でね」


マーニーが一歩踏み出した。「あなたが仕込んだの?」

「献身と工夫だとも」

アリアは舞台の中央へ出て、観客へ向き直る。


「紙を借りる」


読み上げは短くていい。

《契約書(案)》――後払い、独占、違反時は倍返し。署名欄は右下に小さく。

「遠い署名は、遠い責任」

アリアは紙の縁を指で弾き、観客に見せる。「そして、さっきのばね箱。危険は“ほどほど”ではない」


ざわめき。

商会主は笑顔を崩さずに肩を竦めた。「あぁ、では取り下げよう。君の力は君のものだ。好きに見せなさい――ただし今日の舞台は使っていい」


(装置は置いていく。二度目の罠だ)

アリアは首を横に振った。「――ここからは紙ではなく、名前でいく」


ゼッドが、舞台の真ん中に歩いた。

昨日より小さく、はっきりした声で言う。


「“ゼッド”は、仮の名です。……本当の名前は――さく


広場が静かになった。

風の音が、ひとつだけ強く通る。

朔は拳を握り直し、続けた。


「ぼくは“力”で居場所を作ろうとした。ひと押しで注目されるのが楽しくて。

でも昨日、旅の人に言われた――押す先を間違えると、飛ぶのはマントだって。

ぼくはマーニーの顔も、師匠の困った顔も、みんなの“笑ってない笑い”も、見えてなかった」


彼は深呼吸し、観客席の子供たちに向かって頭を下げた。

「ぼくは、半分は仕掛けで、半分は勘です。

ぼくの“勘”は、風の支え木を探すこと。窓の角度、布の重さ、息の拍。

だから今日は、仕掛けを使わない。

“朔”として、見える風を見せます」


マーニーが舞台袖で親指を出し、ドルク師匠が「衣服は禁止だ」と念押しする。

観客の笑いが柔らかくなった。


朔は幕の紐を外し、舞台装置を全部退けた。

代わりに、紙の輪を一枚、左手に。

右手には、ひとつまみの粉。

(澱粉。光で見える粉。――“ひと押し”の可視化)


「マーニー、そこに立って。師匠、風よけをちょっと開けて。……旅の人、見ててください」


アリアは頷き、舞台の端で耳と鼻を開く。

朔が粉をす、と払う。

白い粒が空気の流れを描いて、紙の輪の穴を通る道が光った。

朔は息をひとつ。

輪の前で、手をほんの少し横に添える。

押さない。掴まない。

空気の通り道を、皿にする。


紙の輪が――浮いた。

糸はない。磁石もない。

輪は三拍、空に“乗って”、そっと芝へ降りた。

誰も叫ばなかった。

静かな拍手が、広場の奥から手前へ波になった。


商会主が口を開きかけ、閉じた。

大人たちは腕を組み、顔を見合わせ、「なるほど」「風だ」「見えた」と囁いた。

子どもたちは目をまん丸にし、真似をしたが、当然のように紙は落ちた。

朔は笑って言う。「できなくていい。これは“ぼくの勘”だから」


アリアはそこで、そっと片手を挙げた。

「最後に、旅の人のお願い」

朔が振り向く。「はい」

「衣服に二度と手を出すな。――名前に手を出せ」


笑いが起き、朔が真っ赤になって頭を下げる。

マーニーが前に出て、朔の肩を小突く。「朔。これからは、その名前で呼ぶからね」

「……うん」


観客の中から、ぽつりぽつりと声が落ちた。

「朔!」

「朔、やるじゃねえか」

「朔くん、今度は矢印札の結び方も教えてよ」

名前が、風より静かに広場を渡る。

朔は、手の中の紙の輪を見て、それをマーニーに渡した。


「半分、持って。半分は、ぼくが持つ。――明日から“二人で”やる」


マーニーが笑う。「最初からそうしなよ」



人が引けた後。

舞台の陰で、ボレン商会主がアリアに近づいた。

「あなたは面白くない。商売にならない方向へ導いた」

「町のほうが先にある」

アリアは淡々と返し、契約紙を二つに裂く代わりに、公開板へ留めた。

《独占契約および後払いについての注意》

一、公開で読む

二、署名は大きく近くに

三、危険はほどほど

四、名前は隠さない


商会主は笑って肩を竦め、ばね箱だけ回収して去った。

軋みの音はもうしなかった。


朔が舞台に座り込み、足をぶらぶらさせる。

「……旅の人。ぼく、本当に超能力じゃないのかな」


「定義は紙で変わる」

アリアは言った。「力の名を付けると、期待が先に歩く。名前を名乗ると、君が先に歩く。

今日、君は君で歩いた。――それで十分だ」


朔はうつむいて、そして顔を上げた。

「じゃあ、いつか“力”も、名前の後ろに付いてくるかな」


「風が、ついてくることはある」


ちょうどその時、学び舎の屋根の上で、風見鶏がきいと鳴った。

大きな風ではない。

でも、拍が揃っていた。

朔が手を伸ばすと、紙の輪が、ひと押しぶんだけ空へ。

彼は慌てて笑い、「いまのは風!」と自分で突っ込んだ。

マーニーがすかさず肩を小突く。「衣服以外なら、ほどほどにやりな!」


アリアは外套を整え、腰帯を固結びにした。

(念のため)


「旅の人!」

朔が駆け寄って、小さな紙片を差し出す。

《朔》の字と、下にZが小さく添えてある。

「“Z”は消さないの?」

「仮名として残す。ぼくが盛り上がって視野が消えそうな時に、自分で笑う用に」

「良い使い道だ」


アリアは紙片を鞄の底に入れた。

鞄はまた少しだけ重くなる。

重みは、名前の拍を、次の町まで運ぶ。


「じゃあ、行く」

「また来てね!」

「衣服は二度と狙うなよ!」(マーニー)

「だからもうしないって!」


笑いが風に混ざり、紙の輪が一つ、空にそっと浮いた。

アリアは振り返らない。

背中に、ほんのひと押しの風。

名前がある場所は、もう“道”になっている。


(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ