とある銀行での午後 ― 第2話「膠着と駆け引き」
銀行の空気は重く、昼の日差しさえ鈍色に感じられた。
帳簿を渡せと叫んだリーダー・ラザルの指示のもと、五人の覆面がそれぞれ武器を構えている。
人質たちは床に押し付けられ、誰もが息を潜めていた。
*
「……外が騒がしい」
見張り役のミルコが窓の隙間から覗き、声を震わせた。
「衛兵が増えてる……! 囲まれてる!」
「黙れ」
ラザルが短く叱責する。その声音は冷静だった。
だがゴランが棍棒を振り回し、近くの商人の肩を叩く。
「動くなと言っただろうが!」
悲鳴が上がり、室内の緊張がさらに高まる。
若造のニコラは、汗まみれで震えていた。
「ラザル、本当に大丈夫なのか……俺、こんなの聞いてない……」
「口を閉じろ」ラザルの声は冷たい。
ミランが横から囁いた。
「落ち着け、ニコラ。深呼吸だ」
アリアは静かに彼らを見つめていた。
(呼吸が乱れる。乱拍が広がると、場全体が崩れる……)
床に伏せるふりをしながら、アリアは小声で囁いた。
「お前、吸う息と吐く息を合わせろ。――“いち、に”だ」
ニコラが目を瞬かせ、言われるままに吸って吐いた。
その肩の震えが、少しだけ落ち着く。
(……素直だな。まだ戻れる余地がある)
*
外から、衛兵隊長の声が響く。
「中の者たち! 帳簿と人質を無事に渡せば、罪は軽くする!」
ミルコが慌ててラザルに叫ぶ。
「どうする!? 外はもう突入する気だ!」
ラザルは無言で睨みつける。
アリアは周囲を見渡し、床に伏せている老女に視線を送った。
(長引けば人質が潰れる。……膠着を解く必要がある)
彼女は少しだけ顔を上げ、外の声に向かって通る声で言った。
「鐘は鳴らすな! 鐘が鳴れば、ここは血で満ちるぞ!」
ラザルが一瞬、眉を上げた。
「……騎士か?」
「通りすがりの旅人だ」アリアは真顔で返す。
「人の命を守りたいだけだ」
外が静まる。衛兵たちは、鐘を打とうとした手を止めたらしい。
アリアはさらに言った。
「水を。水を差し入れろ。人質が持たん」
するとミランがうなずいた。
「……悪くない。こっちだって死なせたいわけじゃない」
ゴランが怒鳴る。
「甘いこと言うな! 人質は人質だ!」
「黙れ、ゴラン」ラザルが一喝する。
わずかに、人質たちの表情が和らぐ。
子どもがすすり泣く声に、ニコラは顔を背けた。
(拍を合わせれば、混乱は沈む。……だが、まだ火種は残っている)
アリアは真顔のまま、人質たちを安心させるように視線で「いち、に」と示した。
床に伏せる者たちが、それに合わせて小さく呼吸を揃えていく。
*
夕刻が近づき、室内は膠着状態のまま時間が流れた。
人質と強盗、外の衛兵――すべての間で、奇妙に「ほどほど」の均衡が保たれていた。
だが、長くはもたない。
アリアは槍の柄にそっと指を添え、冷静に考えた。
(この均衡が崩れる時が、最大の危機だ……。その瞬間を、どう“ほどほど”で受け止めるか)
外の夕鐘が鳴ろうとする気配。
強盗五人と人質、そしてアリア。
町全体が「午後」の影に閉じ込められたまま、張り詰めた空気に沈んでいった。
(つづく)




