魔境国アリアンロッド編・宴の始まり
夜。
ルーンブルクの大広場には、色とりどりの提灯が灯り、料理の香りが漂っていた。
魔王たちを迎える宴――それは単なる饗応ではなく、“文化の洗礼”だった。
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「なんじゃこれは……!」
鉄のような表情を崩したのは、赤角の魔王グラスト。
彼の前に置かれたのは、黄金色に焼かれた餃子の皿。
肉汁があふれ出すその一片を頬張った瞬間、瞳が見開かれた。
「……皮の中に、肉と野菜が閉じ込められて……いや、こんな旨味、我が領の百年物の酒でも叶わぬ!」
「おおお! こっちは丸い玉子焼き……? なんとふわふわで、出汁が香るぞ!!」
老魔王ザリウスが頬を紅潮させ、明石焼きをハフハフと口に運ぶ。
普段は威厳に満ちた声が、まるで子供のように弾んでいた。
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ヴァルトリヒは沈黙したまま箸を動かしていたが――やがて杯を置き、ぽつりと呟いた。
「……敗北だ。文化において、我らは完全に敗北した」
広場にどっと笑いが起きた。
アリアはその輪の中で盃を掲げ、
「食は力だ。だが戦いの力だけではなく、人を結ぶ力こそが――!」
と声を張り上げる。
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魔王の側近たちもまた、焼き鳥にかぶりつき、ラーメンをすすり、酒を酌み交わしていた。
ある竜騎士は涙ぐみながら叫んだ。
「……我はもう帰りたくない!! ここに骨を埋めても良い!!」
その場の誰もが笑い、杯を掲げ、太鼓と笛が鳴り響く。
宴は最高潮に達し、魔王も民も冒険者も、区別なく踊り出した。
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その喧噪の片隅で――。
ルナと林俊傑が、少し離れた場所に座っていた。
ルナは湯気の立つ器を両手で抱え、頬をほころばせる。
「……こんなにも笑って食べる民を、私は初めて見た」
林はその横顔を見つめ、杯を傾けた。
「ルナ……オレは、君の隣でその景色を守りたい」
ルナの赤い瞳が揺れる。
だが彼女は照れ隠しに器を置き、立ち上がって人混みへ歩き出した。
「……さあ、俊傑! 一緒に踊るぞ!」
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宴は夜更けまで続いた。
やがて魔王たちの口から自然にこぼれた言葉――
「……アリア殿。この街にしばらく滞在しても良いだろうか?」
それは、威厳と支配を誇った存在の、初めての「懇願」だった。
アリアは笑みを浮かべ、盃を掲げる。
「歓迎しよう! ここに集う全ての民と共に!」
杯が打ち鳴らされ、星空に声が響き渡った。
アリアンロッドの夜は、かつてないほどに熱く、そして温かかった――。
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